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「山路立栞さん。君の頑張りをずっと見てきたつもりだ。今度、ホテルに新しい店を出すんだが、接客係として頑張ってもらえないだろうか?」
今までも店が忙しい時は接客係として働くこともあった。
でも、私は料理人として雇われ、料亭『吉浪』に入ったのだ。
接客係として期待されるのは不本意であり、十分な説明もなく、私にはそれがひどく理不尽に感じた。
「悪い話じゃない。将来的には女将として、『吉浪』の店舗をひとつを任せたいと思っているんだ」
料亭『吉浪』――元は城下町だった市内に古くから店を構え、武家屋敷や花街から多くのお客を迎えた。
伝統はもちろんのこと有名ホテルにも店をいくつか持ち、いずれは海外にも――という経営面でも非常に優れた店である。
そんな店だからこそ、女性の私でも採用してもらえたのだと思っていた。
――接客係……。私は料理人として期待されてないのね。
経営者の言葉は重く、私の辞めたい気持ちを加速させ、『留まります』とは言えずに深々と頭を下げた。
一人前の料理人になれず、申し訳ないと思っていた気持ちが伝わったのか、諦めたようにうつむいた。
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