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「立栞」
――しゃべった!? しかも、私の名前を呼んだ!
声は間違いなく、昨日の彼だ。
「もしかして、ここから出ていくとか?」
「う、ううん、おじいちゃんの遺品を整理したいと思って。だから、え、えーと。食料の買い出し。コンビニかスーパーへ……。今、気持ちに余裕がなくて、料理ができないの。だから……」
喋る犬に動揺したのはもちろんだけど、それ以上に自分が怠けた人間だと思われたくなくて、焦っていた。
彼に説明するべきかどうか迷う自分がいた。
「知ってるよ」
狛犬の彼は、私のことをいったいどこまで知ってるのか、私が料亭『吉浪』を辞めたことも、ここへ来た事情も、説明しなくてもわかっているようだった。
――どうしてわかるのって、違うでしょ! 驚くところはそこじゃなくて、彼が犬の姿だってことよ。
混乱する頭で、目の前の犬に話しかけた。
「昨日は人間の姿をしていたわよね? こっちが本当の姿なの?」
「そうだね。夜は俺たちの時間だ。そして、昼は人間たちの時間。だから、俺たちの力が強くなるのは夜で、弱まるのは昼なんだ」
――夜は人ではない者の時間。
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