816人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ
「気が変わったら、また連絡してほしい」
「はい。最後までありがとうございました……」
涙をこらえ、お礼の言葉を口にし、お互い目を合わせずに別れた。
荷物を片付け、ロッカーをからにし、使っていた『吉浪』の名前が入った白い制服を置く。
ロッカーの戸を閉めた時、私の料理人としての未来が終わったような気がした。
厨房に最後の挨拶をするつもりで入ろうとした時、聞こえてきた声は――
「彼女、本気で板前になるつもりだったんですかね?」
「さあな。嫁入り前に料理の勉強ができると思って、働いていたんじゃないのか」
笑い声混じりで私のことを話していた。
笑っていたのは、私より先に昇進した後輩たちだった。
「そもそも調理長が女に任せるわけがない。ここは料理学校じゃなくて、料亭『吉浪』だぞ」
「彼女をスカウトしたのは経営者だ」
私の才能を見込んで、スカウトしたのは経営者であって、調理長ではないから、通常の採用とは違うと彼らは言いたいらしい。
「辞めてもらってよかったよ。厨房に女性がいるってだけで、気を遣うしな」
――ああ、そう。『女だから』。これが一番の理由だったっていうわけ。
最初のコメントを投稿しよう!