6 山路の狛犬様

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 とりあえず、彩友ちゃんにお茶を出してから、厨房に戻り、中を見回した。    ――落ち着いて。ここは吉浪じゃない。私が昔から知ってるおじいちゃんの厨房なんだから、きっと作れるわ。  狛犬の彼が、祖父がいた時と変わらないように厨房を使っていてくれたおかげで、物の配置も同じ。  冷蔵庫には卵、調理台にはだし汁が冷ましてあった。  薄い緑にかつおの香り――昆布とかつおからとったダシだと見てわかる。 「そんなに時間はかけられないから、卵焼きと揚げ物かな……」  かき揚げなら、すぐにできる。  余っていた野菜を集め、春菊、ひじき、にんじん、さつまいも、玉ねぎのかきあげ。  そして、里芋は煮物でなく、揚げ出しに。  だいたいのメニューが決まり、冷蔵庫から卵を取り出す。  たったそれだけなのに、緊張している自分がいた。  ――落ち着いてやれば、私は作れる。作れるんだから。  卵を割り、調味料を計る。  心臓の音と一緒に、どこからか声が聞こえてくる。 『山路さん。ここの店では、甘い卵を焼かないんだよ』 『吉浪の味で作ってもらわないとな』  祖父の味とは違う吉浪の料理。
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