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料亭『吉浪』は若い経営者になって、かなり変化したと聞いていたから、女である私にもチャンスがあると思っていた。
けれど、それは私の勘違いだったのだ。
料理人の世界は、私が思っていた以上に保守的なものだった。
厨房には入らず、裏口から店の外へ出て、表へ回る。
六年働いたのに、誰も見送る人はなく、それでも未練がましく振り返ると、格子戸からオレンジ色の灯りがこぼれているのが見えた。
最初の頃のワクワクした気持ちは消え、今はただ苦しい。
小雨が降る春の夜――私は六年働いた料亭『吉浪』を後にした。
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