7 竹の春

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 もしかしたら、おじいちゃんだけじゃなく、その先代もそうだったのかもしれない。  それくらい彼は山路に詳しくて、なんでも知っている気がした。   「あ、暖簾を出す時間だ」 「手伝うわ」  立ち上がり、暖簾を出し、店の入り口の電気をつける。  秋が深まるほど日暮れが早くなる。  お客様はこの明かりを目印に竹林の小径をやってくる。  ――道の向うから私もやってきた。  金色の夕暮れの中、私と狛犬は並んで青々しい竹の小径を眺めた。  そして、あることに気づいた。 「秋になったら、他の木々の葉は紅葉するのに、竹は秋でも葉は緑のままなのね」 「竹は今が春だからね」 「え? そうなの?」 「竹の春って言葉がある。秋になって竹の青さが増すから、竹の春っていうんだ」  他と違っていても恥じることなく、まっすぐ天に向かって延びる竹は、迷いがなく堂々として見えた。 「今が春でもいいのね」 「そうだよ。今が始まりの時期でもいいと思う」  私の顔を狛犬がうかがう。  こんな役立たずで、なにもできない私なのに、いつかやってくるだろうと、山路を守りながら待っていてくれた。
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