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「私がなにもできなかったの見たでしょ」
「なにもできてなかったわけじゃない」
言葉に彼の優しさを感じたけど、私は山路の主を名乗れない。
料理が作れない私では、祖父の跡を継げないと思った。
「うん。ありがとう。でも、もう少しだけ待って」
私がもう一度、厨房に立ち、彼のように作れるようになるまで、まだ時間が必要だ。
「わかった」
真面目な顔で狛犬は――狛犬ではない。
これからの私にとって、彼は目標であり、師匠である。
「まずは、私にあなたの名前を教えてくれる? これから一緒にやっていくなら、名前がわからないと不便でしょ?」
「これから……」
私がうなずくと、彼は初めて私に笑顔を見せた。
「俺の名は現比」
笑った顔と名前で思い出した。
彼は――現比は私が幼い頃、一緒に遊んだ男の子だった。
子供の姿をして、子供たちに紛れていたのは、人の子ではなく狛犬。
もしかしたら、私が遊んでいた子供たちも人だったのか怪しいものだ。
どうやら、仕出し屋『山路』にいるのは、人間だけではなかったらしい――
【竹の春 了】
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