1 母の誘い

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「へ、へえ~。た、狸ねぇ~」  ――聞くんじゃなかった。  つまりこの栗は、ごんぎつねではなく、ごんたぬきが持ってきた栗。  仕出し屋『山路』に来る客は人間だけではなかった。  神様からあやかし、もちろん仕事帰りの人間も寄っていく。  夜の闇に本当の姿を隠してしまえば、それが何者なのか誰にもわからない。  ――狸まで来てたとは知らなかったわ。人に化けられるんだから、ただの狸じゃなさそう。  ごくんと栗ごはんを飲み込んだ。  おかずは鶏肉と野菜の旨煮で、甘辛く炊いた鶏肉にカボチャとニンジンが添えられている。  ニンジンは紅葉の形をしていて、現比の優しさが感じられる。  紅葉を箸でつまむ。  犬が包丁を持ち、一生懸命、飾り切りする可愛い姿を想像して、くすりと笑った。 「表にお弁当並べてくる」 「うん」  現比は頭にてぬぐいを巻き、甚平を着ている。  祖父そっくりの格好をしていて、うしろ姿を見ていると、そこに祖父がいるみたいだ。  最近は総菜だけでなく、常連さん向けに弁当の注文も受けている。
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