1 父の命令

2/8

815人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ
 仕事を辞めて数か月。  なにをするわけでもなく、ただ鬱々とした日々を送っていた。  ――どんなに頑張っても、意味がなかった。  そんな負の感情から抜け出せないまま、すでに季節は秋。  街路樹の葉が地面に落ち、靴底が葉を踏むたびに音を鳴らす。  手にスーパーのお惣菜と日用品が入った袋を持ち、アパートへの帰り道を歩いていた私の目に『派遣スタッフ募集』『急募アルバイト』という文字が飛び込んでくる。  働かなければと焦っているせいか、どうしても目がそっちにいってしまう。  料亭『吉浪(よしなみ)』を辞めてから、私はずっと無職だ。  実家に帰るのも億劫で、最近は帰っていない。  無職独身への風当たりはビュンビュン強い。  台風並みである。  それこそ、強風で飛んできた看板に『お見合い結婚してもいいんだぞ』という父の言葉がデカデカと目に入るくらい、父は働かないなら結婚しろを繰り返してくるのだ。  母は母で、『お見合い結婚も悪くないわよ。一度、会ってみたら?』とやんわり勧めてくる。  減っていく貯金残高と精神的なゆとり。 「私、いつまでこうしているんだろう……」  自分の手をじっと眺めた。
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!

815人が本棚に入れています
本棚に追加