3 決められていた結婚相手

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 私に沙耶音がはっきり言えなかったのは、お客様の秘密を話すわけにはいかないから……  ――相手が吉浪の長男だって、私だけ知らなかったの!?  それも、吉浪の経営に深く関わっている永祥さん。  いつから、お見合い話が出ていたのか知らない。  でも、沙耶音が止めたのは、私が働く前。  そうなると、私は料理人としてスカウトされたのではなく、結婚相手としてスカウトされたという事実。   私が去る前に後輩たちが話していたのは、あながち間違いではなかったということだ。  ぎゅっと胸が苦しくなった。 『彼女、本気で板前になるつもりだったんですかね?』 『さあな。嫁入り前に料理の勉強ができると思って、働いていたんじゃないのか』  後輩たちの言葉が蘇る。  いずれ永祥さんと結婚し、吉浪の女将になるための経験を積んでいるだけ――そう思われていたのだ。 「そんな……」  私が動揺している間に、八寸(はっすん)が運ばれてきた。  八寸は青い柚子を器にし、中にイクラや塩辛などが入っているものが数種類、新鮮なイカを菊花のように見立てたもの――美しい技巧に職人の腕の良さがわかる。
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