1 父の命令

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 水仕事で荒れた手は綺麗になり、包丁を握っていたことなど忘れたかのように、手のひらの皮膚は柔らかくなっていた。  飾り切りの練習、料理長たちに食べてもらう賄いの研究――毎日やっていたのに、辞めてから料理らしい料理を作っていない。    ――作ってない? 違う。作れない。  作ろうとすると、吉浪のことを思い出してしまう。  辞めると決めた時、気持ちの整理がついたはずだった。  けれど、女だからという理由の他にまだあったのではとか、実力があれば女でも関係ないとか、自分で自分を痛めつけて、どんどん気持ちが沈んでいった。  料理人が嫌になったなら、別の仕事をすればいい。  こんなふうに苦しんでまで、料理人にこだわる必要はないのだ。  ちゃんと頭ではわかってるし、割りきってしまえば楽になる。 「落ち込んでる余裕もないくせにね……」  私の貯金が残りわずかという切実な理由がある。  仕事なんて、なんでもいいのだ。  お金を稼ぐだけで立派なもの。  頭ではわかっているのに、体も心も動かない。 「いい加減、働かないとアパートにもいられなくなっちゃう……」  冷たい秋風が首筋を通り抜けていった。
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