魔法使いの少年

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   ***  体育の時間、私はじぃっと神楽君が一生懸命にボールを追いかけている姿を睨むように見つめていた。神楽君は見た目どおりの文系少年で、さっきからサッカーをやっている男子達の中で、可哀相なくらい傷だらけになりながら走り回っていた。 「あんなに必死にならなくても」  私は彼の姿が毛糸球を必死に追いまわす子猫のように見えて、思わずくすくす笑う。 「あかねちゃん、なに見てんの?」  そう声をかけてきたのは、中学の頃からの友達である曽根ヒトミだった。  私は彼を指差しながら、 「ほら、神楽君を見てみなよ」 「神楽君? あぁ、あの眼鏡の子?」 「そうそう、なんか可愛いよねぇ」  そう言ってえへへと笑う私に、ヒトミはため息を吐きつつ、 「あかねちゃん、涎出てる」  注意されて、私は口元を拭ってヒトミに目をやる。 「どう思う?」 「どうって……わたしはちょっと……」  あははと引きつる笑顔に私は口元をへの字に曲げ、 「ヒトミには解らないかなぁ、彼の良さが」 「そんなこと言っても、神楽君、どう見てもオタクっぽいじゃない」 「オタクの何が悪いのよ」 「あ、そっか。あかねちゃんはオタクが好きなんだ?」 「そうじゃなくて、可愛い男の子が好きなのよ」  私は何だか腹立たしくなって、ヒトミから遠ざかる。ヒトミは「ごめん、ごめん」と謝りながらついてきて、私たちは地面に腰を降ろした。  私たちの後ろではバスケットの試合が行われているが、私たちはそのチームには入れず見学になってしまったため、男子を見る以外に他にすることがなかった。 「ねぇ、ヒトミ」  私は、ヒトミに顔を向ける。 「なに?」 「あのさ、魔法って、あると思う?」 「ない」  即答されてしまった。  そんな、よく考えもせずに言わなくたって良いじゃない。 「でもさ、よくマジシャンが自分の姿を消したりするじゃない? あの中の何割かは魔法を使ってるんじゃないかって、思わない?」 「思わない」  またしても即答されてしまった。  なんて夢も希望もない世界。  あーぁ、つまんねーの。  そう思っていると、 「あのね、あかねちゃん」  ヒトミはまるで私を哀れむような眼で、 「魔法は科学技術の発達していなかった大昔の人間が作り出した幻なのよ?」  そんな、母親みたいに言われなくても私にだって解っている。  だけど、神楽君が目の前で霧のように消えてしまったところを見てしまった私は、それじゃぁいったい何を見たというのか。 「科学技術の発達した今、そんな魔法なんて漫画や映画とかの世界のものでしかないの。解った?」  ヒトミの言っている事は正しいと思う。  この世に魔法なんてない。  あるのは、科学で雁字搦めにされた夢も希望もない世界だけ。  でも、世界中全てのものが科学で証明できるなんて、どうしても私には思えなかった。というより、思いたくもなかった。  私はため息を一つ吐き、 「もっと夢のある世界に生まれたかったなぁ」 「なに言ってるの? あかねちゃんには夢はないの?」 「ないね」  と私は即答してやる。  こんな校則やら社会常識やらに縛られた世界で夢を持てだなんて、私には到底無理なハナシだ。私は、もっと自由な世界に生きる女なのだ! 「それって、つまらなくない?」 「つまらないわ。つまらなくて死んじゃいそうよ」 「じゃぁ、どうすればつまらなくない?」 「それは――」  と考えて、結局私の頭には何も思い浮かばなかった。  私はいったい、何がしたいのか。  この世界には私がしたい、何があるのか。  それすらも解らない私が酷く幼く見えて、何だか気が重くなってくる。  そんな自分に嫌気が差して、私は思わずヒトミに訊いてやった。 「そういうヒトミはどうなのよ」 「私? 私は――」  とヒトミは遠くを見つめ、 「保育士になりたいなぁって思ってるの」 「保育士?」  私はヒトミが小さな子供達と戯れているところを想像して、あぁ、確かにヒトミは子供達と遊んでいても違和感ないな、と思った。  というより、 「ヒトミは体が小さいから、子供達に混ざっちゃうんじゃない?」  そうからかってやると、ヒトミは頬を膨らませながら、 「もう、気にしてるんだから!」 「ははは、冗談冗談。ごめんね」  私は手を合わせて謝り、 「でも、そっか。保育士かぁ」  それも良いかも知れないと思った。可愛らしいちびっ子と遊ぶ毎日。それはそれで楽しそうだ。  それを私が口に出して言うと、ヒトミは手を振りながら「そうでもないよ」と答えた。 「保育士ってとっても大変なお仕事なんだよ?」 「えぇ? そう? ちびっ子に混じって遊ぶだけなんじゃないの?」  まさか、とヒトミは否定して、 「例えば、絶対に裸足で外に出たがらない子供を何とかして外で遊ばせたり、夏にはプールに入りたがらない子をなんとかしていれてやったり。色々大変なんだよ?」 「裸足で外を遊びたくないって気持ちは解るけど、夏にプールに入りたくないって、どういうことよ? 熱いんだから、皆喜んで入るんじゃないの?」 「とんでもない!」  ヒトミは眼を真ん丸くして答えた。 「結構居るんだよ? 水に入りたがらない子って」 「それって、水が怖いってこと?」 「うん、そう。実は私も小さいころは水が怖かったんだ。顔も洗えないくらいに」 「へぇ、そうだったんだ」  私は心底驚いた。まさか、そんな子が居るだなんて。私は熱かったらすぐにプールに行こうと言って親を困らせていたから、水を怖がるその気持ちをどうしても理解する事が出来なかった。  でも、それなら。 「なんで、そんな大変な仕事に就きたいって思うの? 面倒じゃない」 「うん、それはそうなんだけど」  とヒトミはへへへと笑い、 「昔からの夢だったんだ。幼稚園の頃、先生たちが格好よく見えてね。それ以来、ずっと保育士を夢見てるの」 「ふぅん、そうなんだ」  そう返事しながら、私はヒトミはすごいなと思っていた。私なんて自分が何をしたいのか今だに考えているというのに、そんな小さい頃から変わらず夢を見つづけられるだなんて、なんだかヒトミが羨ましく思えてならなかった。  私はふと、神楽君の方に目を戻す。  神楽君も、将来の夢とか、あるんだろうか。
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