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突然、歩みが止まった。
あたしは、どうしたんだろうって思って、おばあちゃんを見た。おばあちゃんは、実がなっている木を見上げていた。
しばらく見つめて、「ふふふ」と優しく笑うと、また歩き出した。なんだ。実を取るとか、そういうことはしないんだ。ただ、見つめるだけなんだ。
おばあちゃんは、家に帰ると、「ただいま」って言った。返事はないけれど、そんなことは当たり前みたい。
靴を脱いで、埃をはらう。そして、靴の寝床の扉を開けた。
わあ、やったぁ!
このおばあちゃんは、靴の寝床に靴を寝かせてくれる人だ!
でも、まだ安心はできない。だって、この先に地獄みたいな世界を作る人も、いるからね。
心臓が、バクバク鳴る。いったい、どんな寝床なんだろう。
おばあちゃんは、小さな箒を手に取ると、寝床の中をサッサッと掃いた。それから、うちわでパタパタと風を送る。
「今日も一日、ありがとうね」
言いながら、あたしがくっついてる、今日はいた靴にお礼を言って、そぅっと寝床に靴を寝かせた。
寝床は真っ暗にならなかった。
おばあちゃんが、薄く扉を開けっぱなしにしたからだ。
ほんのり光が差し込む世界は、とても心地がいい世界だった。少しだけ空気の流れがあるけれど、身体が飛ばされるほどのものじゃない。外からやってきた空気が、中の淀みを絡め取って、またふわふわとどこかへ旅に出る。
ああ、今すぐに探検に行きたい! この寝床を、あちこち見てみたい!
あたしは、体を動かした。こうしたら早く体が離れないかな? って思って。
だけど、体はピトッとくっついたまま。強引に離れようとしたら、怪我をしそう。
時間が経つにつれて、どんどんと光は弱くなっていった。
トントントン、と優しい音が聞こえて、なんだか騒がしい音――あたしは知ってる。あれは、テレビの話し声――がした。
しばらくしたら、トコトコトコって優しい足音がして、すぅっと扉が閉まった。
もともと、明るくはなかった。けれど、小さな光すら届かなくなって、あたしの周りは真っ暗闇になった。
空気の流れが、なくなった。
あたしはついにこの時が来た! って、すっごくうれしくなった。
ワクワクし始めたら、もう、止めることなんてできない!
この後、体が離れたら、何をしよう。
ダンスは、絶対! 他には……他には?
ワクワクしていたら、体がポワンって熱を帯び始めた。
熱は光になって、あたしは少し、ほんの少し、輝いた。
「なになに? このあと、どうなるの?」
正直を言えば、経験したことがないことだったから、少し怖い。でも、光を放つほどのワクワクは、あたしの心の中の〝怖い〟を退治する。
ぽろん。
体がようやく、靴から離れた!
あたしはよろよろと、輝く体を動かし始めた。
どんどんと、熱くなる。
どんどんと、光が強くなっていく。
あたしはひとり、光の粒を放ちながら、はじめてダンスを踊った。
嬉しい。
楽しい。
幸せ!
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