第1章 魔法使いの少女

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   5 「ねぇ、楸先輩とはどういう知り合いなの?」  放課後。さぁ、帰ろうと通学鞄を手にしたところでユキに訊ねられて、 「どういうって……」  とわたしは答えに窮した。  カナタとミツキはすでに部活に行ってしまった為、今ここに居るのはわたしとユキのふたり。  他のクラスメイト達も、それぞれ帰宅したり、委員に向かったりと、教室を出て行く。  わたしはそんな彼らをユキの肩越しに眺めながら、 「今日の朝に、たまたま声を掛けられただけだから、私もよく知らない」  正直にそう答えた。  するとユキはふうんと唸って眉間に皺を寄せ、それからチラチラと周囲の様子を窺いつつ、 「――あんまりあの人に関わらない方が良いよ」  小声で私にそう言った。 「言われなくても」  と答えたわたしに、ユキはさらに畳みかけるように、 「あの人のウワサ、知ってる?」 「ウワサ? どんな?」  首を傾げながら訊ねると、ユキは校庭を指差しながら、 「校庭に大きな落書きをしたり、上級生を脅してお金を巻き上げたり、授業中に教室を抜け出して――なんか色々やってるんだって」 「色々って?」 「色々は、色々だよ」  とユキはもごもごと口を濁してから、 「とにかく、あの人には絶対に関わらないこと。部活の先輩が言ってたの。アイツは危険だから、近づかない方が身のためだって」  なんだかよく解らない答えだけれど、わたしはこくりと頷いて、 「うん、わかった」  ユキはそんなわたしに安心したように笑顔になると、通学鞄を掴んで軽く手を振り、 「じゃ、あたしは部活行くから、葵も気を付けてね。楸先輩を見かけたら、全力で逃げること、良い?」 「そんな、逃げるって――」  わたしが言い終わらないうちに、ユキはわたしに背を向けると、小走りに教室を出て行った。  わたしはそんなユキの背中が見えなくなるまで見送って、 「さて、帰るか」  小さくため息を吐いたのだった。  それからわたしも教室を出て、ひとり屋上への階段を上がる。  わたしは部活にも委員にも入っていない帰宅部だけれど、代わりに家に帰ってママから色々な魔法を教わるようにしていた。  それは薬草の調合だったり、占いの方法だったり、魔法道具の扱い方だったり。  わたしがママから習っているように、ママもお婆ちゃんから魔法を学んだらしい。  そのお婆ちゃんはそのまたお婆ちゃんから魔よけだとか呪術的なものを教えられていたらしく、かつては神社で巫女なんかをやっていたそうだ。  そもそも、日本には魔女や魔法使いなんてものは存在しなかった。  いや、正確には、魔女や魔法使いに相当する人たちは確かにいて、けれど別の名で呼ばれていたそうだ。  それは例えば巫女だったり、神主だったり、易者だったり、口寄せだったり、呼び名こそ違えど不思議な術を使う者たちは確かに存在していて、現代ではそれらを魔法使いと総称し、その中でも女性を魔女と呼ぶようになったという。  ママから聞いた話では、そんな魔女や魔法使いたちが所属する怪しげなグループがこの世にはいくつかあるらしい。  それらがいったいどんなことをしているのかわたしも知らないが、おばあちゃんによれば、どこぞの山に集まってどんちゃん騒ぎをして風紀を乱しているのだとか。  いわゆるサバト的なものだと思う。  おばあちゃんはそれが嫌でどのグループにも所属せず、ママもわたしもそれに倣っているというわけだ。  ……何となくそのグループがどんなものか気にならなくもないのだけれど、おばあちゃんの話を聞く限りは碌なものではなさそうなので、これもまたなるべく関わり合いになりたくはないと思っていた。  そう、楸先輩と同じように。  もしかして、楸先輩はそんな怪しいグループに所属している魔女なんじゃないだろうか。  そのサバトに参加して、あんなことやこんなことを――  その姿が容易に想像できて、わたしは思わず身震いする。  何にせよ、よく解らない人たちには関わらないことが一番だ。  思いながら、屋上への扉に人差し指を向けたところで、 「――そんなところで何をしているんだ、一年生?」  突然後ろから声を掛けられ、わたしは思わずびくりと身を振るわせた。  ばっと後ろを振り向くと、そこには三十代から四十代くらいの一人の男の人――たぶん、先生だ――が立っていて、口元に笑みを浮かべながら、 「そこから先は立ち入り禁止だぞ」 「あ、はい」  まさか、こんなところで先生に見つかるだなんて思っていなかった。  仕方がない、どこかで時間を潰して、またあとで戻ってこよう。  思いながら、わたしはその先生の横をすり抜けるように階段を駆け下りて。 「……君、名前は?」  すれ違いざまに問われて、わたしは足を止めて振り返る。 「え、あ、か、鐘撞、葵です」  すると先生は、 「カネツキ」  と眉間に皺を寄せて小さく口にして、 「では、鐘撞さん。これだけは言っておく」  神妙な面持ちで、わたしを見つめる。 「あ、はい」  思わずわたしも居住まいを正し、体ごと先生に向き直ったところで。 「今日のところは許してやるが、明日からのホウキでの登校は禁止だ」  その言葉に、わたしは思わず目を見張った。  なんで、わたしがホウキで登校していることを、この先生は知っているの?  いったい、この先生は誰? 何者?  動揺するわたしに、けれど先生は気にする様子もなく、 「これは俺とカネツキさんとの約束だ。いいな?」 「――は、はい」  わたしはただ、素直に頷くことしかできなかった。
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