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6
結局私は、先生が何者か訊かないまま、ホウキを置いて帰宅した。
訊ねるのが何だか怖くて、そそくさとその場を逃げるようにして、階段を駆け下りたからだ。
楸先輩にしろ、あの先生にしろ、とにかく怪しげに見えて仕方がなかった。
もしかして、楸先輩があの先生に、わたしが魔女だってことを報告した?
わたしがホウキで登校していることを、あの先生は知っていた。
わたしがホウキで登校しているのを知っているのは楸先輩だけのはず。
でも、そうだとして、いったい何のために?
先生はわたしに、『ホウキでの登校は禁止だ』と言っていた。
わざわざそんなことを先生に言わせるために、楸先輩はわたしのことをチクったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
先生のあの様子だと、屋上に続く扉の前でわたしと出会ったのは、たぶん偶然だ。
それはわたしに名前を訊いてきたことからも明らかで、最初からわたしに会うことが目的であの場に現れたのではなく、恐らく本当に、屋上に向かうわたしの姿を見かけてそれを怪しみ、声を掛けてきたに違いない。
とはいえ、あの先生の頭には『ホウキで空を飛べる』という認識がある以上、魔法使いかそれを知る何者かであることに間違いはない。
なら、やはり楸先輩となんらかの繋がりがあることは疑いようがないように思われてならなかった。
わたしは自室のベッドに寝ころび、天井を見つめる。
そこにはママの描いてくれた星座図があって、魔法の力によって絶えず回転を続けていた。
それを眺めながら、わたしはさらに考える。
楸先輩はたぶん、関わらない方がよい。それは間違いないと思う。
ユキから聞いたウワサだけじゃなくて、わたし自身が体感的に『この人は危険だ』と判断したのだ。
けれど、あの先生はどうだろうか?
果たしてあの先生は味方なのだろうか、敵なのだろうか。
いや、そもそも、味方とか敵とか、そんな概念で人を判断すること自体間違っているような気はするのだけれど、高校に入学してこっち、初めて出会う魔法使い関係者とあっては警戒せざるを得なかった。
ママもお婆ちゃんも、口をそろえていつもこう言う。
「魔法使いや魔女を、簡単に信じちゃいけないよ」
それはたぶん、自分たち自身が魔女だから解る何かによる判断なのだろうけれど、まだまだ修行中の身であるわたしには、その意味がはっきりとは解りかねていた。
そもそも、わたしはママやお婆ちゃんと知り合いである、数人の魔法使いや魔女にしか会ったことがない。
彼ら彼女らはみんないい人たちで、いつもわたしのことを孫のように可愛がってくれていた。
そしてやはり、口をそろえてこう言うのだ。
「魔法使いのことは信用するな」
おまけに例の怪しげなグループも複数存在していて、悪い話しか聞かされていない以上、先生のことすら警戒してしまうのはしかたのないことだろう。
とりあえず、明日からは徒歩で登校しなければならないし、屋上に置きっぱなしにしてきたホウキも取りに行かなければならない。
――いや、いっそ夜に紛れて、お母さんのホウキを借りてひとっ飛び、取りに行ってこようかしら。
そんなことを考えていた時だった。
コンコン。
突然部屋の窓を叩く音がして、わたしは思わず身を強張らせた。
時計に目を向ければ、午後九時過ぎ。そろそろ半を回って、短針は十時に向かおうとしている時刻だった。
ふたたび、コンコン、音が聞こえる。
わたしは上半身を起こし、カーテンのかかった窓の方に顔を向ける。
「……なに?」
思わず口にして、恐る恐るカーテンに手を伸ばす。
みたび、コンコン、と音がする。
怖い、というのと同時に思い浮かぶ、楸先輩の姿。
まさか、こんな所まで――?
わたしはゆっくりと数センチだけカーテンを開き、その隙間から窓の外に目を向ける。
僅かな街灯に照らされた住宅街。
空には綺麗な満月が浮かび、優しい輝きを放つ中で、
「――えっ」
わたしはその女性の姿を眼にして、思わず目を見開き、口をぽかんと開けてしまう。
「こんにちは。ちょっと良いかしら?」
そこには、白く長いふわふわの髪に、透き通るような白い肌の、真っ白いドレスのような服を着た、まるで西洋人形か何かのような可愛らしい白く輝く女性が、キラキラ光る装飾の施されたホウキに腰掛け、浮かんでいたのだった。
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