ようこそ! メタニバースへ!

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「こんにちは。お電話ありがとうございます。ようこそ『メタニバース』へ!」 「あ、あの、こんにちは。ちょっとお聞きしたいんですが」 「どういったご質問でしょうか?」 「この『メタニバース』っていうサービスは、いわゆるメタバースの一種だと思えばいいんですか?」  わたしは引きこもりのネット市民だ。26歳にもなってコミュ障が治らない。  生身の人間とのコミュニケーションはもうあきらめた。ネット社会で生きていく。  これまでは大手のSNSを利用してきたが、どうも雲行きが怪しい。経営者が変わったり、生成AIを巡る騒動が起きたり、生々しい原因で方向性がぶれている。  それでは困るのだ。  わたしは人生での居場所を探しているのだ。遊びや趣味の場所を求めているわけではない。  きちんとした世界観を持ち、自由、平等、個性の尊重に重きを置くプラットフォームでなければ、生活のベースにできないではないか。  それがこの「メタニバース」にはあるという。本当ならば今の環境から引っ越したいと、問い合わせの電話を入れたのだ。 「ユーザーはメタニバースの一員として、バーチャルな世界を動き回り、他のユーザーと交流するわけです。すべてにおいて現実と区別がつかないリアルさでシステムを構築しております」  口調は静かなのだが、オペレーターの言葉には心からの自信があふれていた。 「じ、じゃあ、早速入会させてください」 「ありがとうございます。それではこちらの利用規約をお読みの上、『同意する』のボタンを押してください」  こうしてわたしはメタニバースの住人となった。  気がつけば、周囲は「剣と魔法」の世界だった。 「おー! 中世ヨーロッパみたいだな、行ったことないけど」  わたしは早速冒険者ギルドを訪れ、メンバー登録を行った。聞けば町を出たところにダンジョンの入り口があると言う。 「行くしかないでしょう! 異世界を満喫させてもらうぞー!」  わたしは武器屋、防具屋、そして道具屋を訪れ、ダンジョン攻略の装備を整えた。はやる心を抑えて、ダンジョンの入り口をくぐる。 「凄い臨場感だな。湿った空気とか、すえた匂いまで感じるぞ。視覚、聴覚だけでなく、嗅覚や皮膚感覚も再現してるのか」  確かに運営が言う通り、現実と区別がつかないリアルさがあった。 「ちょっと、そこのあなた!」 「うん? 何だ? 誰かいるのか?」  フィールド型フロアの第1層を歩いていると、物陰から声が聞こえてきた。  姿を現したのは、ビキニアーマーに身を包んだ女性だった。  年のころは18、9。そのままグラビア雑誌のカバーガールが務まりそうなルックスだ。出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいるという奴か。  わたしは遠慮なく彼女の姿態を鑑賞させてもらう。  どうせVRだ。中身は50歳のおっさんかもしれない。好きでこういう「スキン」を選んでいる以上、見られることは覚悟しているだろう。今覚悟しろ。 「……随分遠慮のない男ね。まあいいわ。話があるんでついて来てくれる?」 「パーティーへの勧誘ならお断りだぞ? 俺はソロでダンジョンを楽しむつもりだ」 「見るからに初心者の癖に、強気ね。安心しな。勧誘じゃないよ。儲け話にひと口乗らないかって誘いさ」  嫌なら断って構わないと言われたわたしは、話しだけ聞こうかという気持ちになった。  メタニバースではPK(プレイヤーキル)はできないと聞いているし。  5分ほど歩いて連れていかれたのは、ちょっとした森の中だった。ぽかりと開けた空間に、澄んだ泉が湧いていた。  そこに剣士らしい髭面男、魔法使いの女、いかつい僧侶が腰を下ろしていた。 「ほら、連れて来たよ」  ビキニアーマー(の女剣士)は蓮っ葉に告げて、わたしの後ろに立った。 「ご苦労」  髭面剣士が不愛想に女剣士をねぎらい、立ち上がった。 「早速だが、兄ちゃん。身ぐるみ脱いで、置いてってもらおうか」 「あー、美人局(つつもたせ)か。筒は持ってないけど」  メタニバースのアバターに性的機能はない。そういうニーズには他に応えてくれるサイトがある。大人向けの。 「落ち着いてるな。いいからさっさと持ち物を捨てろ。痛い目に会わせるぞ」  自分の強さに自信があるのか、髭面剣士は武器を抜きもせず、言い放った。 「ここじゃPKができないはずだが?」 「甘いことを言ってるな。『殺し』ができなくても『半殺し』はできる。知らないのか?」  苦痛の感覚は実装されている。触覚が存在する以上、強い衝撃に苦痛が伴うのは当たり前だった。 「どっちでもいいぞ。お前が選べ。1日中殴られ続けるか、自分で持ち物を捨てるか」  ◆◆◆  俺は自発的に持ち物を捨てた。髭面剣士はわたしのボディーに思い切り蹴りをぶち込んでおいて、のたうつ私をその場に残し、去っていった。  顔面から倒れ込んだわたしは湿った土のにおいを鼻から吸い込んだ。 「こんなところまでリアルに再現してあるんだなあ……」  現実の半分くらいに薄められた腹の痛みを噛みしめながら、わたしは寝返りを打って空を見上げた。  ◆◆◆  ログアウト後に調べてみると、ダンジョン強盗は「合法的な」プレイスタイルだとわかった。  メタニバース内の通貨やアイテムは、リアルでの取引を禁じられている。それすなわちメタニバースでの強盗は、罪にならないことを意味する。  経済的な価値を奪っていないのだから。  肉体的なダメージ? どの肉体のことを言っている?  ダンジョン強盗は広義でのロール・プレイと理解されていた。悪党役(ヒール)というわけだ。  治療魔法の「ヒール」と紛らわしいので、メタニバースでは悪党役のことを「ホットチリ」と呼ぶことも後から知った。辛口のキャラクターというわけだ。 「そういうことか。そういうことなら、こっちにも考えがある」  わたしは次のログインからプレイスタイルを変えた。  ◆◆◆ 「おい、第3階層で『変態』が出たそうだぞ!」 「マジか? そんな浅い階に出られたらどこにも行けないぞ! くそっ、今日はもう上がりだ」  そんな会話が地上で交わされていたそうだ。目の前の「ホットチリ」がそう言っていた。  わたしは「ホットチリ」から持ち物をはぎ取り、なまくらな剣を拳でへし折った。 「ヒッ! 頼む! 殴らないでくれ!」 「もらうものさえもらったら用はない。どこにでも行け」  わたしに弱い者をいじめる趣味はない。これはビジネスであって、趣味ではないのだ。  プレイ初日に美人局にあって以来、わたしはひたすら体を鍛えた。武器や防具を一切身につけずに、ダンジョンに潜り続けたのだ。  その結果、修道僧(モンク)としてレベルアップし、鋼鉄の肉体と必殺拳を手に入れた。  どうやらメタニバースでは、己を追い込めば追い込むほど高い経験値が得られるらしい。ならば、わたし以上に高い経験値を得る者はいないだろう。  何しろわたしは一切の武器防具を装備しない。それだけではない。アイテムもアクセサリーも身につけず、何の道具も持ち歩かない。  衣服どころか布切れ一枚身につけないのだから。 「きゃあ~! 変態~!」 「安心したまえ。メタニバースは18禁仕様だ。わが絶対領域は光の演出で守られている」  わたしの姿を見て目を覆うプレイヤーがいるが、問題はない。わたしの股間は聖なる光をまとっている。  どの角度から見ても、具がこぼれることはない。  ここまで来る修行の日々は生易しいものではなかった。とかく世の中は自分たちと異なる生き方を拒絶するものだ。  わたしはプレイヤー・コミュニティから村八分扱いをされ、半ば公然と排除の対象にされた。毎日のように「変態狩」が行われたのだ。  わたしはボロボロに痛めつけられ、道端に放り捨てられた。  来る日も、来る日も。  しかし、わたしはめげなかった。なぜなら、わたしには失うものなどないからだ。  財産すべては、あのホットチリたちが初日に奪い去った。武器も防具も、着る物さえも失った。  今のわたしを作り上げたのは、お前たちの方ではないか。  倒されても倒されても、わたしは立ち上がった。別に問題はない。丸裸のわたしには何も奪われるものがなかったから。  コミュニティ対わたし1人の圧倒的にバランスの取れない戦いが毎日続いた。その結果、わたしは膨大な経験値を手に入れた。  気がつけば素肌で刃を受け止め、素手で盾を打ち砕くことができるようになっていた。  その日からわたしは、唯一無二の「ホットチリ・ハンター」として戦い続けている。    失うものがないわたしを、人々は「無敵の人」と呼ぶのだった。 (完)
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