ひとりめ

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   2  午前中の授業をやる気のないまま受け、そのままダラダラしているうちに訪れた昼休憩。  俺と翔は机を合わせ、さて弁当を取り出すか、と鞄を開けた時だった。 「――しまった」  翔が小さく、呻き声をもらした。 「どうした?」  翔の鞄を覗いてみれば、いつもならそこに入っているはずの弁当箱がない。  どうやら忘れてきたらしい。 「どうする? 俺の、半分食うか?」  声を掛けると、翔は「いや」と小さく口にして、 「――購買でパンでも買ってくるよ」  言って俺に背を向けたところで。  ――コンッ  すぐ脇の窓から、小さく何かを叩く音。  なんだろう、と思っていると、  ――コンッ、コンッ  続けざまに二回、音がした。  誰かが窓を叩いている……?  いや、まさか。ここは二階だぞ?  あるとしたら、一階から誰かが小石を投げているとかしか考えられない。  翔もそれに気づいたのだろう、二人して窓の方に顔を向ければ。 「……鳥?」  窓の外で羽ばたく、小さな鳥の姿があった。  いや、違う。  鳥じゃない。  よくよく見れば、それは千鳥柄の折り鶴で。 「えっ、なんだよ、これ」  思わず口にする俺に対して、翔はがらりと窓を開く。  するとその間から折り鶴は教室の中に入り込み、俺たちの机の上にぱさりと落ちた。  まさか、これが? この折り鶴が窓を叩いていたって言うのか?  訳も解らず首を傾げる俺をよそに、翔はそんな折り鶴など気にする様子もなく窓の外へと顔を覗かせ、 「真帆ねぇ」  と小さく呟いた。  真帆ねぇ? それって確か、翔のお世話になっている家の人じゃなかったっけ。  思いながら俺も立ち上がり、窓から外を見下ろせば、 「翔く~ん! お弁当、持ってきましたよ~!」  こちらに向かって大きく手を振る、長い黒髪の綺麗な女性が立っていた。  翔と一緒に階段を駆け下り、第一校舎の玄関に向かうとピンクのブラウスに乳白色のスカートを履いた女性がお弁当を片手に待っていて、翔の姿に気づくや否や、 「翔くん! 駄目じゃないですか、せっかく私が作ったお弁当を、忘れて行っちゃうなんて!」  唇を尖らせながら、真帆さんはそう言った。  翔は弁当を受け取りながら、 「ごめん。ありがとう、真帆ねぇ」  と恥ずかしそうに小さく微笑む。  思えば真帆さんの顔をこんな近くでまじまじと眼にするのは初めての事じゃないだろうか。  翔の話だとその歳はもう三十を超えているらしいのだけれど、どう見ても十代後半から二十代前半くらいにしか見えない容姿をしている。  右側の眼もとには小さな黒子、露わになった右耳からは、星形のイヤリング?がキラキラと可愛らしく揺れていた。  なんて綺麗な人なんだろう、と俺は改めて思った。  こんな綺麗な人と一緒に暮らしているだなんて、なんて羨ましいやつ!  優しくて可愛い彼女に飽き足らず、こんな綺麗な女性と一つ屋根の下に暮らしている翔を羨ましくも妬ましい思いで見ていると、 「あ、こんにちは」  と俺の視線に気づいたのだろう、真帆さんは深く頭を下げて、 「いつもうちの翔がお世話になっています」 「え、あ、いえ、こちらこそ……」  俺もつられて頭を下げた。 「それじゃぁ、翔くん。午後の授業も頑張ってくださいね!」 「うん」  翔が頷くのを確認してから、真帆さんは鼻歌を歌いながらスキップをするように、玄関の外へと姿を消したのだった。  俺はその姿が見えなくなったのを確認してから、翔の肩を力いっぱい掴みつつ、 「くっそ羨ましい奴め! あんな綺麗な人と一緒に暮らして、ふざけんな! しかも手作り弁当! 俺の弁当と交換しやがれ!」 「えぇ? 別にいいけど――」 「お前、まさか彼女が居ながらあの人とも――!」 「それはないよ」  翔は鼻で笑うように口にして、俺にお弁当を渡してくる。  それを受け取りながら、俺は、 「なんで?」  訊ねると、「だって」と翔は口元に笑みを浮かべながら、 「――あの人は、俺のことを子供としか思っていないから」
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