クロ

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クロ

 季節は春の一歩手前、2月中旬。  肌寒く、換気のために開けていた窓を閉めようとすると、外が騒がしい。  二階の窓から見える鬱陶しい人混みが、いつもより楽しそうな気がする。  新しい生活が始まるであろう人が、ここ東京に集まる。わざわざこんな窮屈なところに来なくても、楽しい生活は出来るだろうに。  といっても、僕も新しい生活が始まるうちの一人なんだけど。  4月からVTuber事務所【ランダムズ】で、クロという名前で声優をすることになる。  あ、VTuberっていうのは動く絵に声をあてて、ゲームとか歌とか披露するネットの配信者のことね。  それでインターネットで活動するわけで、SNSの利用は必須なんだけど……。  「これからうちのタレントとして新しいSNSアカウントで活動するんだから、今まで使っていたアカウントをどうするか決めておいてください」って言われて、まぁ、引越し準備をするところ。  今まで使っていたアカウントでは在宅で出来る声優の仕事に使ってたりしたから、結構思い出もあって、消すのはちょっと寂しいんだよね。  うーん、どうしよう。  そう思いながら携帯を握りしめて、画面をぼんやり眺めていると、軽快な音をあげてぶるっと手元が振動した。 『準備でわからないことがあったらいつでも訊いて大丈夫だぞ』  先輩からのメッセージだ。名前は荒紅モノ(あらくれもの)。  事務所に入ったばっかだから特に親しい訳でもないし、僕が好きな先輩と仲が良いからちょっと苦手なんだよね。それになんだかおせっかいだし。  でも、ちょうどよかった。  アカウント引越しについて訊いてみようかな。 『ありがとうございます。ではSNSアカウントについてお伺いしたいのですが、以前使っていたアカウントはどうしましたか?』  送信。  すると1分たってから、また携帯がぶるっ。 『オレはSNSやったことなかったからなぁ。同期2人もそうらしいよ。クロさんが前のアカウントと変わらないスタンスでやるなら、消さなくてもいいんじゃないか?』  返信はやっ。本当にSNSやってないの? 僕に知られたくなくて嘘ついてるんじないの?  けど、彼の同期であり僕が好きな先輩、フウ先輩のことも知れてラッキーかも。  うーん、スタンスかぁ。今のアカウント、結構本音書いちゃってて、イメージ最悪なんだよね。  何回か炎上しちゃったこともあるし、良い機会だから消した方が良いのかな。  だって、事務所に入ったら社会人ってことでまともでクリーンな振る舞いをしていくことになるだろうし。  仕方ない、名残惜しいけど消すことにしよう。 『参考になります。おかげで無事決まりました』 『よかった!』  相変わらず、即レス……。この人、暇なの?  仮にも【ランダムズ】一期生なのに。  ま、返事が早いのは助かるけど。  はぁ〜、楽しみだなぁ、初配信。  この後、クロは初配信で問題発言をして燃えに燃えるのだが、そのお話はまた今度。  
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