悩み相談

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 次の週、夜、ベランダ側の窓を開けて涼んでいると、隣の窓が開いて佐藤くんが顔を覗かせた。 「あ、よかった。今日はいたね。ちょっと待ってて」  人懐っこい笑顔だ。 「これ」  佐藤くんはスーパーの袋を僕の方に差し出す。手を伸ばして受け取って中を覗くと、お惣菜のパックが入っていた。 「僕さ、近くのスーパーでバイトしてて、余ったお惣菜もらえるんだ。少しだけどおすそ分け」 「サンキュ! 助かるよ」  僕はありがたくいただくことにした。 「さっき訪ねたんだけど留守だったから、良かったよ。渡せて」    そう佐藤くんに言われたけれど、僕は夜はずっと部屋にいた。不思議だったが、夕方だったらまだ帰っていなかったかもしれない。 「そういえばさ、この前、教育実習の話してたろ? 何か悩んでる?」  窓越しにそう聞かれ、お互いベランダに足を出して座って話始める。 「実は……」  僕は教育実習を受けるべきか悩んでいること、その前にまず教師になっていいのか迷っていることを話した。 「そうか。なんか去年の僕を見ているみたいだな」 「え? 佐藤くんもそんな感じだった?」 「うん。僕なんかさ」  佐藤くんは話始める。  佐藤くんは千葉の小さな工場の三男坊で、とにかく東京に出たくて大学受験をしたらしい。 「奨学金借りてるから将来返していかないとなんないし、教師の道が安定してるかなって思ってさ、教育学部のここを選んだんだ」  偏差値で選んだ受験校で、合格したのが文学部二校と教育学部だったので、その中から教育学部のここを選んだという。僕以上に大胆な選択だった。 「だから、本当に僕なんかで教師が務まるのかなって悩んださ。就職も考えたよ」  佐藤くんはカナヅチで、教育学部では必ずある水泳の授業が嫌で嫌で逃げ出したくなったという。 「でもね……」  教育実習をしたことで、気持ちが変わったという。 「子供達の目がきらきらしててさ、半人前の僕でも“先生”って慕ってくれて、この子達の明るい未来を作る手助けをしたいなって思っちゃったんだよね」  佐藤くんは照れたように笑いながら僕を見た。 「せっかくここまで学んだんだからさ、まずは教育実習をやってみて、それからもう一度考えても遅くはないんじゃないかな。それに……」  佐藤くんは続けた。 「そうやって、僕に向いているのか、役に立つのかって真面目に悩んでいる君こそ、教師に向いていると僕は思うんだけどな」  佐藤くんはそう言ってあの人懐っこい笑顔を見せた。 「ありがとう。もう一度ちゃんと考えてみる。お盆に福島に帰省するから、親とも話してみるよ」 「そうだね。そうか、福島かあ。いい所だろうね。行ってみたいよ」  この前もらった桃、すごく美味しかったよ、と佐藤くんは笑った。  それからおやすみと言い合って、僕らは自分の部屋に引っ込んだ。  同じことを母親に言われても届かなかったのに、佐藤くんの言葉はなぜか僕の胸にすうっと届いた。  役に立つアドバイスなんて何もなかったけれど、なんでかすごく安心できた。悩んでいるのは自分だけじゃないというのと、教師に向いているという言葉が、妙に心を軽くしてくれたようだった。  僕は夏の帰省でもう一度母と話してみようと思った。
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