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隣の佐藤くん
東京に戻りアパートに着くと、まず佐藤くんの部屋をノックした。
「はい」
しかし出てきたのは、中年の男性だった。
「あの、ここ、佐藤さんのお宅ではないですか?」
僕は尋ねた。
「いやあ、違うね。俺は六月に越して来たんだ。前の住人じゃないかい?」
不思議そうにその人は答えた。
部屋の中も、僕の部屋と同じく古びていて、佐藤くんの部屋とはまったく違っていた。
「すみません。間違えたみたいです」
僕はお詫びして自分の部屋に戻った。
佐藤くんはどこに行っちゃったのか。やっぱりあれは……。
がっかりした僕が部屋に戻ると、ドアの新聞受けのところに何かが挟まっていた。それはスーパーのビニール袋に入った一冊の本だった。
その最初の方に、紙切れが挟んであるのが見えた。抜いてみると、佐藤くんからのメッセージがあった。
── 柴田君へ
これ、良かったら読んでみて。
教師になるかどうか決める前に、ぜひ読んで欲しいんだ。 佐藤より ──
それは母がないないと騒いでいた、新米教師とクラスの子供達の一年間を描いた小説だった。
SF小説のように時空が歪んで過去と未来が一瞬繋がって、僕は大学生の父に会えたのかな?
僕が父に会いたいと思ったから、大学生の父を呼び寄せちゃったのかもしれない。
僕が進む道はまだすぐには決められないけれど、僕は僕らしい進路を選ぼうと思った。
父がそうしたように。佐藤くん、いや、父にそう言われたように──。
<了>
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