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勘違い
「……あ、」
手で隠すよりも早くに、それは見つけられてしまった。上着で隠されていたはずの赤く腫れた痕が今は外界の空気に触れて、そこだけひやりと冷たさを感じた、気がした。急に錆付いたように動かなくなった首を、それでも僅かに巡らせて横を見ると、泣く子も白目を剥いて気絶しかねないルートヴィッヒが立っている。静かに、音も無く。シュテルンがおそらくこの城で誰よりも信頼を置いている魔王である。
違います。その冷たさが目の前の魔王から注がれる視線から来ているという事を理解した時には、口を開こうにも何を喋れば良いか判らなくなった。
「ち、ちが、これは、ですね、あの、違うんです。ホントに違うんです」
ようやっと言葉になった声は言い訳と取られるであろう、確かな真実だった。『ちがう』という短い言葉の意味を信じてくれるか。確立は低かった。そして、それは結果も同じで。
ルートヴィッヒがこちらに近づいたと思った瞬間、シュテルンの手首は彼の片手で一纏めにされ、シュテルンの頭より上のソファに押し付けられていた。ふっと冷たく笑う気配がして、見上げてみると。泣きそうに顔を顰めて、シュテルンを見つめる魔王が居た。ガーネット色の瞳が、吸い込まれそうに深く沈んだような輝きでシュテルンを凝視している。
「ル、イ、様」
触発されてか。その顔を見たら、自分まで悲しい気持ちになってきた。シュテルンは、魔王を泣かしたいわけじゃなくて、シュテルン自身も泣きたいわけじゃないのに。どうすればいいか判らなくてそのまま目を合わせていると、涙が頬を伝っていく。
その瞬間。こうなってしまった原因が、タイミング悪くうずうずと疼き出した。痛みではない。それならまだ、耐えられただろうに。もぞりもぞりと小さく躰を動かせると、魔王は更に強い力でシュテルンを押さえつけた。
そして、馬乗りになってシュテルンを見下ろす。威圧感と首の疼きが、比例するかのように上がっていく。ばさりと彼の長い髪が落ちてくる。さらりとした摩擦が、疼きを加速させる。嗚呼どうしよう、どうしよう。もう、
「ごめんなさい……っ」
「やっぱり、」
「こ、さんっ、首、蚊に刺され、ちゃって、申し訳ないんですけど掻いてもらって良いですかっ?」
「……え、」
目を丸くしてから、ルートヴィッヒは簡単に片手で抱き起こして、シュテルンの腕を纏めていた方の手で、蚊に刺されを掻いてくれた。拘束を解かれたのだから自分で掻く事が出来るのに。そう思ったけれど、やっぱり、そのまま掻いてもらう事にした。
「何やっているんですか……」
更に数分後、遠征の報告にやってきた側近の突っ込みで、我に返った魔王にめちゃくちゃ痒み止めの薬を塗りたくられましたとさ。
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