魔王様とデート【婚約中】

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魔王様とデート【婚約中】

 銀箔の高楼の近くで、鳥が鳴いている。 「暇、ですね」 「そうだな」  鉄紺色の湖面に浮かぶ月見船に、最上級の(シルク)を敷いて、ルートヴィッヒとシュテルンは身を横たえながら月見に洒落こんでいた。菓子も酒も、側近が隠し持っていたのを掠め取ってきた物なのだが、それはシュテルンには秘密だ。彼らの体格を考慮してか、二人乗りにしては少し大きい造りだ。遠い陸地にあるものは闇に隠れて不気味な影を作っている。二人の他に、動くものは影一つなかった。 「空を眺めるも良いけれど」  焼き菓子を一つ、ころりと小さな口に放りこむ。 「見えない月は、良くない」  今夜は霧が出ていた。夜風で垂れた長い髪をゆぅらと払ったルートヴィッヒは盃を手に、つぃとシュテルンを窘める。 「こら、シュテルン。そんなに一気に頬張っては駄目だろう」  蜜の滴る夜を邪魔しない、爽やかな湯気のような声。 「だって美味しいんですもの」 「とても、とても――」  酒も肉も興味を持たないくせに、菓子が絡む時だけ行儀が悪い。眉間に皺を寄せて呟くも、自国の品を美味しいと破顔(わら)う恋人の笑みが綺麗で、文句を続ける気などすぐに消え去ってしまった。 「ルーイ様、これは――」 「私の姿なのでしょう?」  仕方無しの溜め息と共に、薄い花びらが落ちて来て、クルクルと踊る沈茶の紋様。金巻の皿に延ぶ指は、いと倖せそうに弧を描く。 「まるで共食いですね」 「ほう、では」  霧が少し晴れて、月の光が二人に降り注ぐ。宵空はとろりと流れ出す。 「ルーイ様も、食べてしまいました」  今度は砂糖漬けにされた赤い実を一つ、頬張る。月の光でつやつやと濡れる射干玉色の髪。指と同様丁寧に整えられたそれを一房、接吻を落とせば、白磁の喉の上下を自覚して、胸を焦燥(こが)すは、かつての故郷にある太陽のよう。 「違う、俺が、欲しいのは」  彼女に向ける全てを、一夜の酒の所業にしたくない。身を捩るたびに騒ぐ胎内。この冷ややかで滑らかな絹の如き皮膚に思う存分に触れたいと、彼はぺろりと舌舐めずりをした。再び霧が出てきて、月を覆い隠していく。 「喰べたいモノは、ただ一つ」 「シュテルンだ」  銀箔の高楼を霧がすっぽり呑みこんだ。刹那、鳥が一斉にどこかへ飛んでいった。湖面に浮かぶ月見船に、最上級の絹を敷いて。沈むような、浮いているような、心地よい酩酊。どちらの側近にも外出を一切告げずに抜け出して、溶けあう魔王と少女。声どころか顔も見られなかった三月ぶりの、恋人達の密やかな逢瀬。魔界を統べる男は麗しの星を夜通し愛でていた。
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