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知らぬが××
シュテルンが城下町へやって来たその日は、音がはっきり聞こえる程、強い風が吹いていた。色んな方向から吹き込んでくる風に、付き添ってくれたルートヴィッヒが傍に居なければシュテルンはあちらへふらふら、そちらへふらふら。そんな風に翻弄されて、目的を果たすどころか城へ帰る事さえできなかっただろう。
「大丈夫か、星の子」
「あっありがとうござい、ます……ひゃ、」
肩をそっと抱き寄せられて体勢を立て直してもらうのは、これで何回目だろうか。恥ずかしいやら情けないやらで、今日はもう本当に必要な買い物以外の店を見て回る余裕はなかった。
「あわわ」
それでも、最近よく通うようになった菓子屋にだけは寄りたかった。薄いがもっちりとした皮。その中にたっぷり詰まったこチョコレート。出来立ても冷めても美味しい看板商品に、シュテルンはすっかり心を奪われていた。だが、その道へ行こうとするたびに強い風が吹いて歩く事すらままならない。
「……今日の風はずいぶんと機嫌がよくないようだ。次の機会にしよう」
「そ、そうみたいですねえ……」
異世界の風には生物と同じく、機嫌の良し悪しがあるらしい。彼の言う通り、これ以上外出に時間を割くのは無理そうだ。来た道を引き返しながら、ふと思いつく。
「ルーイ様は、何か欲しい物ないんですか?」
「俺か?」
予想外だったのか、目を丸くさせたルートヴィッヒはしばし黙考した。
「……粉」
「はい?」
「蒸しパンは粉で作ると聞いたんだが……違ったか?」
ははーんとシュテルンは憶測を立てた。彼の口振りから、自分が食べたいのではなく、手作りの菓子を誰かに食べさせたいのだ。なんて微笑ましいんだと、急にシュテルンは母性が目覚めた。魔王の側近が聞いたら衝撃のあまり白目を剥いて泡を吹きかねないが。おそらく菓子作り初心者のルートヴィッヒに簡単に作れるパンの作り方を伝授しながら、材料を調達するべくメイド達とよく行く店に彼を連れて行った。
「――あれ、今日は来ねえのかな」
今日も今日とて、男は店の一押し商品である蒸しパンを作っている。パン屋の若旦那は首を傾げた。
「あーあ、兄さんの下心に気づいて引かれちゃったんじゃないの」
「馬鹿いえ、そんなんじゃねーよ」
奥で洗い物をしている妹が揶揄われ、兄は真っ赤になって言い返す。出来上がったパンを店に出しつつ、内心溜め息を吐いた。
「せめてどこに住んでいるか判れば出前も勧められんのになあ」
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