ラブリ

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ラブリ

「わァーーーーッ」  思わず彼氏は悲鳴を上げ両腕で顔をガードした。 「チィッ」  だが私も彼氏の鼻っ(ツラ)へ当たる寸前にパンチを止めた。  いくらゲス野郎でも、さすがに無抵抗なヤツを殴るのは気が引ける。  これでも一度は愛した彼氏だ。 「う!」彼氏は、しばし硬く目を閉じた。  パンチが当たらなかったので、ゆっくりと目を開けてこっちの様子を伺ってきた。 「ふぅん、もういいよ。とっととどっかへ行きなよ。もう二度と顔も見たくねえェから!」  私は無理をして強がりを言った。  未練がないと言えば嘘になるだろう。  だがこっちにもプライドがあるんだ。  すぐさま私は後ろを向いた。  悔しくて涙が滲んだ。失恋(ふら)られたからではない。  なにも知らず、こんなマザコン野郎に魅せられたのが(たま)らなく悔しかった。 「ラブリさん。ゴメンよ。じゃァお身体を大切に頑張ってください」  彼はペコリと頭を下げ、殊勝なことを言った。  すぐさま私の前から逃げるように消え去っていった。 「ふぅん……」  これで振られたのは何人目だろうか。  私が覆面女子プロレスラー・ワイルドビーナスだと知って別れを切り出されたのは。    ただでさえ世間から女子プロレスラーは、野蛮で暴力的だと思われている。    私の名前は万城目(まんじょうめ)ラブリ。    ポンコツレスラー・万城目(ワイルド)リッキーのひとり娘だ。  オヤジもかつては花形プロレスラーとしてメジャー団体でベルトを巻いたこともあった。  だが度重なるヒザのケガで今や、当時の面影はない。  電流爆破など奇抜な試合で客を集めていた。  そして私は中学生の時、覆面レスラー・ワイルドビーナスとしてデビューすることになった。
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