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休みの日、二人は米田の店に向かっていた。依愛は一日置いてすっかり気を取り直して、逆に「取り返してやる!」と息巻いていた。
その気持ちは嬉しいけれど、あまり揉めないで欲しいなと航汰は思っていた。
店の近くまで来ると何故か人だかりが出来ていた。皆スマホを掲げて米田の店に向けていた。店の前にはパトカーが停まっている。
航汰と依愛はあまり近くには寄らずに遠巻きに眺めていた。店の中から警察官に挟まれた米田が姿をあらわした。スマホのシャッター音が激しく鳴った。そしてパトカーに乗せられた。
航汰はつい隣に佇む人に声をかけた。
「あの、どうしたんですか?」
「ああ、盗まれた物を売ってたからな。それで警察に通報した」
航汰は慌てて隣に立つ人に目を向けた。八十歳くらいの爺さんだった。
「盗まれたカメオを売っておった。盗まれた物だから返して欲しいって再三お願いしたんだが、聞き入れてもらえなかった」
「え? お爺さんがそう言ったんですか?」
「ああ。私は〈全日本カメオ愛好家協会〉の会長をしていてな。世界の愛好家とも親交がある」
航汰はその爺さんが美しいカメオのループタイをしていることに気がついた。
「ああ、そのループタイも……」航汰がそう呟くと、爺さんは嬉しそうな顔をして航汰と依愛のほうを向いた。
「若いのにカメオを知っとるなんて嬉しいねえ」
「そのカメオって盗まれた物だったんですか?」
「ああ。イタリアの友人のところから盗まれた物でな。まさかこんなところで出会えると思わなかったから、写真を撮ってパソコンで送って確認してもらった」
「警察に連れて行かれたのって店主ですよね?」
「全くあの野郎ときたら、どこで手に入れたか聞いても何も言わないし、盗品だなんて言いがかりをつけるつもりかって逆ギレしやがった。だから警察に訴えたってわけよ」
それは言わないのではなく、言えなかったのだ。それに依愛から盗んだなんて言ったら、デリヘルを利用していたことも言わなくてはならない。奥さんの耳に入ったりしたらどうなるか分からない。だからしらばっくれていようと思ったのだろう。だがこの隣の爺さんはそれを許さなかった。
店主を乗せたパトカーが動き出すと、店から怒ったような顔をした女性が出てきた。何か中国語で喚いている。そして散々怒鳴り散らすと、店に戻ってシャッターを閉めてしまった。
「盗品を扱ってたとなると、あの店もどうなることやら」爺さんは呆れたように呟いた。
「あの、変な話ですけど、そんなに高価な物だったんですか? イタリアのお友達がそんなに探してたって」航汰は恐る恐る尋ねた。
「ああ十九世紀の物でな。カメオってのは美術品として扱われとるんだ。だから細工の美しさや繊細さ、作られた年代なんかで価値が決まるんだ」
「十九世紀……」航汰にはそれがどれくらい価値があるものか分かりかねた。ただ十九世紀というのは果てしなく昔の話だと思った。
「なんだ。カメオにずいぶん興味があるなと思ったら、お嬢ちゃんが持っていたのか」
爺さんは依愛に目を向けるとそう言った。
「はい。プレゼントなんです」依愛はさらっとそう答えた。
爺さんはちょっと見せてと依愛のペンダントトップに触れた。そしてまじまじと眺めた。
「──なかなかにいいものだな」爺さんは依愛のペンダントトップから手を離すと笑顔でそう言った。
「これはコンクシェルかな。シェルカメオは少し脆いところもあるから気をつけて。いい細工だ」
「コンクシェル?」
「コンクシェルはピンク貝と呼ばれていて、希少性の高いコンクパールが母貝になっているものだ。いいものをもらったね」
爺さんにそう言われて依愛は笑顔になった。
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