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二人は挨拶をして爺さんと別れた。なんとなく海側に向かって歩き出した。二人はしばらくは無言だった。
「──びっくりした」依愛はふと呟いた。
「そうだね」
「米田さんは私から盗んだって言うかな?」
「言わないと思うけど。もしそう言って、何か聞かれることになっても依愛は知らないって答えたほうがいい。関係ないふりをしたほうがいいだろ? そもそもあっちが盗んだんだから」
「だね」
海側から涼やかな風が吹いてきた。依愛のスカートを揺らす。
航汰は考えていた。もしあの三百万のお金を立木に渡さずに自分が使っていたら。もしあのカメオが盗まれずに依愛が持っていて、お爺さんの目に触れていたら。捕まっていたのは自分だったかもしれないのだ。そう考えると背中がぞくりとした。
あの老夫婦が何も考えずにお金を渡したとはとても思えなかった。試されていたのか? そう思わずにはいられなかった。何者だったのだろう。そうチラリと頭を掠めたが、もう二度と会えない気もしていたし会うべきでないとも思った。
「ねえ、依愛」航汰は先を歩く依愛に声をかけた。依愛は風に靡く髪を押さえながら振り返った。
「バイト先でね、契約社員にならないかって言われたんだ。もちろんちゃんと執行猶予中っていうのは伝えてあるよ。それでもいいって。それで執行猶予が終わったら、正社員にならないかって」
依愛は目を丸くした。
「それで今度は本社のある厚木の現場で働かないかって。その、依愛もよかったら厚木に一緒に行かないか?」
依愛は隣にやって来て航汰の手を握った。
「うん。一緒に行く」
「よかった」航汰はホッとしたように依愛の顔を見た。依愛はにこりと微笑んで、ギュッと強く手を握った。
「これからどこ行く?」
「みなとみらいにカフェが出来たの。そこに行きたい!」
「じゃあ、そこに行こう」
二人は手を繋ぎながらみなとみらいに向かって歩き出した。
〈了〉
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