噂と足跡

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噂と足跡

「社長、知ってます? あの家、今ヤバいことになってるらしいですよ」 若いやつの片方がそう囁いてきたのは、それから二週間ほど経った頃でした。 何事かと聞いてみると、どうも彼の友達が、その例のお宅と同じマンションに住んでるっていうじゃありませんか。世間は狭いって、ほんとですね。 そこでずいぶん噂になっちゃってるみたいでね。 何がってあなた、その犬のぬいぐるみですよ。結局、別の引取業者に頼んだらしいですが、それでも戻ってきちゃうらしくてね。そのつど業者と喧嘩になるもんだから、ついに可燃ゴミに出したんだそうです。 ねえ、却って怖いですよね。もしそんなものあったら、私だったら恐ろしくて可燃ゴミなんかに出せません。お寺かどっかでお祓いとかね、そっちを考えます。 越してきた早々、何度も業者と大騒ぎした挙句に、大きなぬいぐるみを可燃ゴミの袋に入れてマンションの共有ゴミステーションに捨てたもんだから、いいかげん噂になってたのにね。 ――また戻ってきたのかって? いや、それが違うんです。さすがに可燃ゴミに出したから、本体は燃えちゃいますからね。そう、は。 翌日からね、なんと足跡がマンションの部屋の前に残ってるんだそうです。ご丁寧に、ちゃあんとエントランスからエレベーターに乗って、通路から部屋の前までがペタペタと。 しかもいくら掃除しても、また次の日の朝になると元どおりなんだそうです。まるで毎日通ってるみたいにね。 おかげでそのマンション、大変な騒ぎになっちゃいましてね。ほら、今はSNSとかいうのあるでしょ? それで余計に、うわっと拡がっちゃって。 私も若いのに見せてもらいましたけど、確かにあのマンションでしたね。ああいうのってちらっとしか写ってなくても、現物知ってると意外に判るもんなんですね。ああ、ここだって。 だけどその黒焦げの足跡はね、写真見てぞっとしましたよ。ここまで来るともう、ただごとじゃないですからね。 そうしたらね、どっかからとんでもない噂が流れてきました。
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