強制参加

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同じ病院の人間が集まると、結局、話は仕事のことばかりだったけれど、「久しぶりに美味しいものを食べる」と、吉崎さんは終始ご機嫌だった。 これから先の話になって、田村先生がMSF(国境なき医師団)についてふれた。 その時、正面に座っていた凛の箸を持った手がとまった。 「田村先生、MSFに応募してるんですか?」 「そうなんだ。2次選考まで終わった状態」 「まだリファレンスチェック待ち?」 木山先生は知っていたらしく、田村先生と2人で込み入った話をし始めた。 それで、まわりはそれを静かに聞いていた。 「だから今は受け持ち患者は持たないように病院も配慮してくれてる」 田村先生がみんなに向けて言った。 「じゃあ、近いうちに海外へ行くんですね?」 「そういうことになるかな」 田村先生の話題で盛り上がっている間、凛だけは黙っていた。 「そう言えば、眼科に斎藤先生が入ったよね? どうするんだろう?」 「ああ、スタックコールのこと?」 病院内で、患者以外の、面会に来ていた人などが急に倒れた時など、「サイトウ先生、〇〇へいらしてください」という放送がかかる。 これは隠語で、各科の担当にその場所に集まるよう指示する意味を持つ。 これまで病院内に「サイトウ先生」が存在しなかったから問題はなかったけれど、今年、実際に斎藤先生が入って来た。 めったにあることではないし、今年は一度も放送はかかっていないけれど、今後どうするのかは何も言われていない。 「いっそのこと絶対にありえない名前に変えればいいのに」と、その「ありえない名前」の候補なんかを勝手に言いあっている時も、凛は黙っていた。 その後、2時間くらい飲んだり食べたりした後、お開きになり、5人分を木山先生がご馳走してくれた。 「仕事ばっかりでお金使うとこもないから」なんて言っていたけれど、吉崎さんの言っていた通り、本当にお金持ちのようだった。 みんなと別れた後、ひとりで歩いて行く凛の後を追った。 「凛、何かあった?」 「別に、何も」 「もしかして、凛、田村先生のこと?」 そこで凛は立ち止まると、わたしを睨んだ。 「ありえない」 「あ……ごめん……」 「ひとりで帰る」 そう言うと、凛は先に行ってしまった。 てっきり凛は田村先生のことが好きで、それなのに海外に行ってしまうからショックを受けたんだと思ってしまっていた。 でも、態度から見るとそうではないらしい。 凛が何に怒っていたのかわからなかった。 その場に立ちすくんでいたわたしに、後ろから木山先生が声をかけてきた。
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