魔女が住む家

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「そうなの?」 「そう、なの」 「何で?どうせなら一緒に住んじゃおうとか思わない訳?」 「付き合って一か月で彼女の家に転がり込むとかねーよ」 「そうなの?」 「少なくとも俺は、な」 「ふぅん」 心底不思議そうに眼を瞠る友江のその視線を避けるように眼を伏せる百路は、かつ丼の残りを掻き込んだ。 「そう言うとこなんだろうな、ももちぃは」 「は?」 どう言う意味だ。 ちらっとだけ上げた百路の眼には、いつものようにニコッと笑う友江が映るだけだ。 * 「こちらは自社ビルを一階ではオーナーが店舗として利用し、二階はテナント事務所用で、三階、四階が住居、五階がオーナー用の住居となっているんです」 案内されたビルは店舗付き住居ビルとして建て替えられたものらしく、外観はシンプルにグレージュ一色な壁に、窓側には格子型に組まれた木材が埋め込まれている。 どこかモダンさを感じる、自分には絶対に無いであろうセンスを感じ取り、ぎゅうっと斜め掛けのバッグを握り締める百路はごくっと喉を上下させた。 そんなに大きなビルではないのだろうが、こだわりが感じられるとでも言うのか、中に入ってみればそれはより一層見て取れる。 入ってすぐのエントランスと呼ばれるであろうそこは黒い壁と木目調のタイルがお出迎え。 マッドな加工がされた集合ポストもお洒落が過ぎる。 エレベーターも黒塗り外車も驚きの反射具合に手を触れていいのかとすら思ってしまう。 「じゃ、ここの三階になります。向かいましょう!」 「あ、あの、一階は何のお店なんですか?」 エントランスに入って右側に黒いマッドな扉がある。窓もスモークが掛かっているのか、見えづらい。 「あぁ、基本はアクセサリーや雑貨のデザイン、販売をしているみたいですけど、革製品も扱ってるみたいですよ」 「へぇ」 女性のオーナーさんだろうか。 今のアパートの大家さんの如く穏やかな人であればとぼんやり思っているのも束の間、ちんっと軽い音と共にエレベーターが止まり、扉が開いた。 「こちらです」 部屋は全部で三つ。 廊下伝いにある一番手前の黒い扉の前に立つと鶴長は鍵を取り出し、小気味よい開錠音と共にそれを開く。 入ってすぐの玄関部分の壁側には埋め込み型の大きめサイズの靴箱、靴好きには有難い数が収納出来るようだ。 「ここが浴室、こちらはトイレですね」 廊下脇の部屋は脱衣所付きの風呂場。 参考写真通りの広々とした脱衣所には既存の棚、帽子の選択パンもある。 トイレも同様にしっかりとした空間で簡単なDIYですぐに使いやすくなるだろう。 そしてメインのリビングは想像以上の広さだ。ワンルームタイプとは言え、これだけ広ければ何ら不便はない。 ベッドにチェスト、テーブル、ソファを置いても十分だ。 「あ、クローゼットもありますよっ。結構広いので収納には問題無いと思いますっ」 「……すげ」 ぼそっと出た感嘆の声が室内に響く。 「キッチンも一人暮らしには十分かと。一応小さいながらも冷蔵庫も完備してるのでご利用頂けます」 IHに広めのシンク。これもまた写真通り、加工の要らない天然美人を見た気分に、百路のテンションもじわりじわりと上昇。 ベランダは無いが天井から物干し竿が降りてくる仕様となっており、大きめの窓から入る光と風で何ら困る事は無い。むしろ外へと飛ばされる心配が無い事にポイントアップだ。 けれど、やはりと言うか、出てくる心配。 (ここが…五万?) 本当に? マジで事故物件とか訳あり物件とかでは無いのだろうか。 ここが今のアパートと同等なのかと考えれば明らかに可笑しい。自社ビルを賃貸用住居にリフォームしたからとは言え、もっと高い家賃を狙えるだろう。 「では、ここまでで何かご質問はございますでしょうかっ!」 今日もやる気元気勇気の文字が背後に見える、自信に満ちた笑顔の鶴長が人を欺くとは思えないが、ここまで来て何の申告も無いのが不思議でたまらない。 だったらきちんんと聞いて教えてもらう権利があるのは此方の方。 「あ、の、」 「はいっ」 「ここって、すっごい良いんですけど、」 「ですよねっ!」 「家賃五万って言うのが、本当、なのかな、と…」 「はいっ!しかも敷金礼金もございませんっ」 どうしよう、もっと信じ難い言葉が返ってきてしまった。 「あー…、ただ、ですねぇ」 「え?」 今まで歯切れ良い返事しかしなかった鶴長がここに来て急に視線を泳がす。 心無しか、笑顔も強張っているようだ。 (やっぱ何かある?) ラップ音くらいなら我慢出来るかもしれないが、窓の外に人影とか映った日には一時的に人権を失う事をしてしまうかもしれない。 「せ、オーナーの面接がある、と言いますか…」 「面接…?」 面接ってあの面接?と聞いてみれば、その面接ですとの返答。 二人の気持ちが通じあった瞬間だが、百路の顔色が次第に悪くなっていく。 「俺…なんかやらかす人間に見えます…?」 「いや、そ、そうではなくてですねっ!!」 良かった、まじで。 「その少々、変わっ、あ、気難しいって言うか、ですね、えぇっと…オーナー自身がこの最上階に居るんで、住む人間を、知りたいと思っている、みたいで、えぇ!!」 どうしよう、不安しかない。 顔とかが選考基準になっていたら絶望的だ。
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