魔女が住む家

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あまりに不安そうな顔をしていたのか、慌ててまた笑顔を見せてくれる鶴長だが一度生まれた疑心暗鬼はそう拭えそうにない。 (どうすっかな…) 場所はいい、内装も申し分無い、家賃なんて神レベル。 けれどもしその面接とやらが怪しいものであるならば、どうだろう。例えば宗教絡みだとか、先物取引、マルチ勧誘をしているとかだったら。 考えれば考える程、要らぬ心配が出てくるのは人間の性。 うんうんっと頭を捻っていると、鶴長に電話が入ったようだ。 ささっとスマホを取り出すと何やら焦ったように玄関口へと走り出し、そして数分とも立たない内に戻ってくるもその顔色は宜しくない。 「………大丈夫、っすか?」 思わずそんな心配の声を掛ける程。 「あ、…はい、あの、その面接、なんです、けど、」 悪い。 歯切れが悪すぎる。電波の悪いラジオくらい悪い。 「い、今からでも、可能でしょう、か、っ」 「今っ!?」 まさかの今から面接発言にびくっと大きく肩を揺らした百路の顔色も面白いくらいに悪くなっていく。 面接するにしたって早くても明日、普通は三日後くらいだろうか、くらいに思っていただけにこの早い展開に気持ちも思考も追いつかない。 待って、面接って大体何を聞かれてどう答えるのが正解なんだ?家を借りるだけだから、変な質問なんて無いだろうが、一発目から霊感ある?だったらどうしよう。 神様を信じますか、だったらどうだろう。 ばーちゃん家は曹洞宗、とかだった気がする。 ぐるぐると脳内を駆け回る混乱は百路の冷静さも削り取ってくれるが、 「入るよ」 声と共に廊下からのドアが開いていく。 へ、と口を開いた侭固まる百路と途端にぴしっと背筋を伸ばす鶴長の視線がそちらへと向けられる中、入って来たのは一人の男。 だが、 「………………お、わ…ぁ、」 咄嗟に自分の口元を押さえて乙女ポーズを披露、その上感嘆の声が漏れ出た百路の心臓が跳ね上がった。 「何してんの?さっさと進めてよ」 「す、すみませんっ、えっと、東郷さん、こちらこのビルのオーナーの椿屋(つばきや)様ですっ」 「こんにちは」 え、オーナー? こんな若い人が?このビルの? 勿論そんな驚きもあるが、それ以上に百路を驚愕させたのはその存在そのものだ。 そう、顔面の強さ。 モデルかな?芸能人かな?舞台役者とか? そんな安っぽい言葉しか言い表せないが、兎に角その整った顔立ちは誰もが凝視、すれ違ったとて二度見三度見は当たり前だろう。 染みひとつないであろう白い肌だとか、美意識高い系なら高確率で羨む広めのしっかりした平行二重とか、すっと通った鼻筋、薄めの唇は自然色なのかと疑いたくなるほどのピンク色。 髪色は薄いミルクティーのような色合いで長く、サイドにまとめてあるが嫌味にならないくらい似合っている。 女性に見えないのはただ足の長さで補われている身長とそれなりに肩幅があるからだろうが、それでも全体的な身体の細さは中性的な色気を感じてしまう。 完全体の顔パーツに配置のバランスもこれまた完璧でその上スタイルまで宜しいときたもんだ。 なんだこれは第四形態のフ〇ーザ様だ。 つまり完璧と言う事。 こんな人間どこに居たんだ。 無意識に後ずさりしてしまうのは、その圧倒的な美と放たれるオーラの圧。このドキドキも美形な人間を目の当たりにした心情的なものなのか、それとも畏怖からなのか。 「聞いてる?こんにちは」 おぉ、動いた喋った、少し笑った。 どこか現実っぽくない完璧さにきちんと生きている人間だと感じた百路はほっと息を吐くが、 (あ、) 挨拶されていると言うこの現状。 しまった、人間第一印象はとても大事。挨拶は社会において人間同士のコミュニケーションを円滑に進めてくれると言う切っ掛けにもなる。 「こっ、こんにちは!」 なんてこった。無視していた事になってしまうではないか。 もう面接は始まっているのかもしれない。 遠足だって家を出た瞬間から遠足だ。 「え、えっと東郷百路です、その、よよよろしくお願いしますっ」 噛んだし、声がひっくり返ったとか笑えない。 ぎゅうっと胃を掴まれたみたいに競り上がってくる緊張感に吐いてしまいそうになるのも許して頂きたい。全部飲み込みますんで。 しかし、そんな百路の心情等知っている筈もない椿屋は数秒その情けない姿を眺めた後鶴長へと視線だけを向ける。 「あ、え、で、では、あとは若い者同士でっ!」 手元に持っていた茶封筒を椿屋へと手渡し、びしぃっとまた風を巻き起こさんばかりの勢いで礼をひとつ、そしてそのまま脱兎の勢いで部屋を飛び出ると、どうやら鶴長は外廊下まで飛び出て行ったらしい。 あの筋肉隆々の男があそこまでビビるとか。 (…………えー…) ここでオーナーとの二人きりとか厳しいのではないだろうか。 ぎぎぎぎっと鈍い動きで目の前の男を見遣れば、渡された書類をぱらぱらと捲り一通り眼を通しているようだ。 「大学生?」 「え、は、はいっ」 こうなっては仕方ない。 取り合えず聞かれた事に関しては何でも答えるしかない。 どうも宗教だのマルチだのは関係なさそうだ。 いや、ある意味この美貌を生かせば教祖にはなれるかもしれないけれど。 まさか経験人数や付き合った恋人の数とか、そんな安っぽいAVの導入みたいな質問はあるまい。 「ぽやっとした顔してるね」 「………よく言われます」 変な質問ではないけど酷くない?
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