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でも、確かに感じた事がある。
淡いと思っていた目の前の男が消えてしまいそうなくらいに儚く見える。
(この人、)
花嫁の事が、自分の担任の事が、
(好き、なんだ…)
ベンチの反対隣にあるのは皆が持っていたような一輪だけの小さなブーケ。
その花の名前を知らずとも、百路は綺麗だと思える。
先生の、彼女を思って選んだ花。
笑う声が一層高くなり、拍手も聞こえだすがここの時間だけが止まったかのように静寂が包み込む。
真っ直ぐに前を見つめているのに、どこか遠くを見ているような横顔がこれまた美しい。
いや、違う。
そこじゃない。
(……………この人って、)
所謂2番手、の人だ。
ぎゅうんっと百路の眼が大きくなる。
かっと見開かれ、ビームでも出る仕様ならばきっとこの美少年の顔面には穴が開いているだろうと思うくらいの眼力は小学生とは思えない。
えー…えー…っ、待って、一度整理しよう。
こー君の結婚相手は学校の先生で、その学校では担任をしていて、そのクラスの一人であろうこの美少年は担任である先生に想いを寄せていたけど、それが本日結婚。
だからこんなに切なくて儚い気持ちを抱えて、花は購入したものの祝福出来ない、みたいな?
(な、何、それ…)
こう言っては何だけれど、十歳の胸にくるきゅん具合が凄まじい。
だって、年上の女性に恋をして、しかも学校の担任とか。煙草を吸っていた辺り、あまり素行は宜しくないようだが、そんな彼だからこそ一応此処まで律儀に来てるとか、何それギャップで絞殺す気?
こー君と結婚するのだから両想い、または両片思い、なんて事は無いだろう。と、言う事は片思いとか、健気が過ぎる。
(や、ばー…)
人の恋路を勝手に胸キュン材料にしたい訳ではない。けれど、何だか彼の律儀さにぎゅぃいんっとドリフトレベルにメーターが動いてしまうのはまさに百路の性癖のようなもの。
いや、本当にドキドキしてしまう。
だってこんなに綺麗なのに、美人なのに、本当ならば付き合う相手なんて選り取り見取り、入れ食い状態だろうに報われない恋をしてしまったと思うえば思う程に息遣いも荒くなってしまう。
明らかに様子が可笑しい小学生だが、
(……そ、っか、これが現実ってやつ、なんだよな…)
漫画やドラマとは違う。
画面や紙越しに見ていた二番手を絶対に自分だったらそちらを選ぶのに、と主人公を批判していた自分の浅はかさが露見し、途端に羞恥に似た感情に顔が熱い。
選ばれる者が居れば、選ばれない者も居る、それが当たり前。
でも、でも、だ。
「……あ、の、」
「何?」
「こ、この後のご予定、は、」
「はは、何だそれ」
目を細める姿が眩しい。
第一印象はあまりに現実感の無い美と造り物のような眼に驚愕するだけだったが、笑うと意外と可愛らしい笑顔がこれまたいいギャップ。
「お前は披露宴?」
「う、うん。お兄さん、は?」
「何かこの後飯食ってカラオケ行こうとか言われてたけど、俺は帰ろうかな」
「そ、そっか」
「普通にダルイ」
でしょうね。
本日は確実に失恋記念日になってしまったのだろうから。
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