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いくら自分が贔屓にしている二番手とは言え、流石に恋を応援できる訳が無い。
(こー君の結婚は、そりゃショックだけど、)
大好きなこー君だからこそお嫁さんと幸せになって貰いたい。
従兄弟が選んだ相手だ。絶対に素敵な人だと言う事は幼い百路でも理解はしている。
まぁ、挙式前にチラっと見た感じは確かに綺麗で優しそうな人ではあった。
真っ白いドレスが似合う、砂糖菓子のように甘そうな雰囲気。
(この人も好きになったんだから、やっぱりすげぇいい人なのかも)
隣に子供がいると言うのに、また胸ポケットから煙草を取り出そうとする男だけれど。それだけはどれだけ顔が良かろうと眉を潜める案件なのでは?
それとも、寂しい、とか。
「お、お兄さんっ、」
「ん?」
チラッと視線だけを此方に向ける男に百路が取り出したのはズボンのポケットに突っ込んでいたチョコレートだ。
「これ、あげるからっ」
「……は?」
先程式のスタッフから来賓客用に配られていたチョコレート。母も父も要らないからと百路へとくれていたのもの。
キラキラとした金色のフィルムのそれをはいっと突きつける百路にくりっと大きく眼を見開き見詰めてくるそれに居心地の悪さを感じはするものの、押してから引くのも憚れる。
だって、格好悪い。
「これ、チョコレートなんだけど、」
「…へぇ」
「甘いチョコレートは、えっと、確か、疲労にもいいし、脳の動きもかっせいか?してくれるって、母親が言ってて、」
「………うん」
明らかに何を言いたいのかと言わんばかりに怪訝な顔をされるのがまた百路の中で焦りを生むが、先程煙草に伸ばしていた手を掴むとそこにチョコレートを叩きつける勢いで乗せた。
「お、お裾分け、ですっ」
「おすそ、わけ?」
そう、これはお互い頑張りましょうね、の激励のようなものだ。
憧れていたこー君と恋をしていた担任の結婚式。
どう足掻いたって、どうしようもないの無いのだから、これから先また『嬉しい事』が起きますように、そしてこの人には『素敵な出会い』がありますように、と言った百路からの子供らしい応援と言ったところ。
これも何かの縁。
なんて、どっかのドラマの受け売りの言葉を歯の奥で磨り潰しつつ、安っぽく使ってしまった感は否め居ないが、それでも百路なりの今出来る、いや、してやりたいと思った事なのだ。
「それに、甘いものは寂しくない、しっ」
「…どう言う理屈?」
肩を竦めるのも癪になるくらいに様になる。
「いや、甘いものってちょっと幸せ感じない、かなーって…」
「パンケーキ並んで食ってる女子高生の心境だろ、それ」
「い、いいから、ほらっ」
渡すと言うよりは、無理矢理押し付ける形でチョコレートを握らせた百路は謎の満足感にふんっと鼻息荒くベンチから立ち上がる。
「少なくとも…煙草よりかはいいかなって」
「言うじゃん」
「身長も伸びないって聞いた…」
「……大器晩成型だよ、俺は」
ふっと左端の口元を上げて笑う美少年に妙に安堵してしまうのは何故だろうか。
優しい、嬉しい、とーー。
「えっと、それじゃ、ま、またね」
「あぁ」
手を振れば小さくだけど、振り返されるのが嬉しい。
ほわっと感じる暖かさ。
出来たら、その内、いつか、きっと、
(この人も幸せになれたら)
残っている記憶が苦味だけなんて悲しすぎる。
いつかほろ苦いくらいの思い出に変わって、このチョコレートくらい甘い恋に出会っていますようにーー。
気まぐれにそう祈りつつ、いつかまた会えるといいなと思う百路は披露宴中に幸せそうな従兄弟夫婦を横目に自分の分のチョコレートを食べるのだった。
カカオ80パーセント。
チョコレートは甘いモノだけではない、子供の口にはかなりビターな味だと知る。
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