魔女が住む家

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魔女が住む家

《うちの子も八歳になりました。ぜひ今度遊びに来て下さい。またお会いするのを楽しみにしています。》 ハガキに印刷された真新しい家をバックに夫婦と子供の家族写真。簡素ではあるが挨拶と共に手書きで書かれているメッセージから感じるのは律儀さだ。 「三十五歳でマイホームかぁ、頑張ったわね」 ふふっと笑う母親へ適当に相槌を打ち、もう一度ハガキを見つめる。 彼ももうアラフォー。優しそうな笑顔は変わらないがすっかり落ち着いた雰囲気と壮丁さはなんだか懐かしさを感じる。 (お父さん、って感じ) 「もう立派なお父さんよね、こー君も」 皆思いつく月並みな感想。 そう、こー君はすっかりお父さん、だ。 子供はもう八歳。 写真の中では大きくピースサインにやんちゃそうに仁王立ちし、生意気そうに笑っている。奥さんも変わらず綺麗だ。どうやらこー君より五つ年上らしいがまったく四十路に見えない。 久々に実家に夕飯をたかりに来て見つけたハガキ。 幸せそうな家族写真にほっこりと癒された所で、百路は大きく溜め息を吐いた。 東郷百路、二十一歳。 こちらも立派な成人男性。現在大学三年生、残念ながら美形だの可愛いだのの分類には進化しなかったものの、可もなく不可も無く、毒にも薬にもならない人畜無害が擬人化した風に成長を遂げた。 だからと言って運動が出来る訳でも無く、何か秀でた才能がある訳でも無く、ただ平々凡々とした大学生活を送っている。 勿論就活も並行して頑張ってはいるのだが、それ以上に今必要を迫られている事があったりするのだ。 「で?あんた家は決まったの?」 「いや、うーん…」 「うちには戻れないわよ?おじいちゃんとの同居でここ引き払うんだし」 「………分かってるよ」 つまりは物件探しだ。 二十歳を機に一人暮らしを開始。外観からヴィンテージ感しかないアパートに激安家賃に釣られて入居し、推定八十歳のおばあちゃん大家に可愛がられて過ごしていたのはいいのだが、流石に建物も大家も年を重ね過ぎたらしい。 来年度の更新を取りやめ、土地建物を不動産へと売買、取り壊しからの立て直しに決定されたのだ。 『ごめんね、モモ君。新しい孫が出来たみたいで嬉しかったわ』 と、目じりをしわしわに笑顔を見せてくれた大家へ文句等言える筈も無く、たまにお裾分けで貰っていた煮物や漬物が貰えない、それ以上にこの大家に会えなくなる、新しい物件を一から探さないといけないと言う事実にもの悲しさしか出てこない。 実家も父方の祖父との同居の運びとなり、家を売りに出す事も決まっている。 さて、どうしたものか。 お陰で他人のマイホームにどうこう言える程の余裕もない。 「取り合えず明日学校帰りに不動産回ってくるわ。来年退去とは言え、早めに探して出て行った方が助かるだろうし」 「今と同じ条件なんてあるの?」 「どうだろうなぁ」 ぼりぼりと頭を掻きながら眉間に皺を寄せる百路が見上げる先は斜め上。 家賃は五万円。 最寄り駅は徒歩十分。大学へも電車一本と言う、実はかなりの好物件。外観ヴィンテージ、内装も平成すら寄せ付けない昭和感を差し引いてもかなり気に入っていた。 (流石にこの金額では無理だろうな) 元々寝れれば良い、こだわりなんて無いタイプ。 この際事故物件であってもいいのだけれど。 「どうする、あんた風呂まで入って帰る?」 「そうするー」 バイトも今よりも時給が良い所を探してみるか。 ぼんやりとそんな事を考えながら百路はまた大きく溜め息を吐いた。 * ひとくちに不動産とは言ったものの、一応口コミには目を通す。 スマホの画面をスクロールしながらめぼしい所にチェックの為にブックマーク。 「家決まったの?」 「まだ」 「大変だなぁ」 「大変だわ」 同じ講義を受けていた徳井がスマホを覗き込む。 大学に入った頃に出会ってからの友人だが、甘え上手と言うか、無邪気な裏表内性格で見るからに好青年と言った友人として最高な男だ。 「俺も一緒に行ってやりたいけど、今日は俺合コンなんだよなぁ。分かる?明日休みの合コンだぜ?」 「そりゃ精々頑張ってくれ」 隣でにやっと笑う徳井は既に夜のシミュレーションでいっぱいなのだろう。 楽しそうで羨ましい事だ。 本日の講義も終わり、徳井の昂りもマックスを迎えつつ、合コンでの切り込み方のウォーミングアップを始めているらしい。 ふんふんっと鼻息荒く肩を上下させ、廊下を歩く彼は第三者から見て一体どんな風に映っているのだろうか。 「なんかさぁ、俺結構地雷系でもいいと思うんだよねー。やっぱあれかな、束縛とか受け入れますみたいな所もアピールした方がいいと思う?」 「監禁以外はオーケーとか言っとけば」 「やっぱ懐がデカい男ってのが一番だよな」 「デカいっつーか、がばがばって感じだけどな」 まぁ、懐がデカい云々は置いておいて、やっぱりマメな男が一番かもしれない。 あとすぐに女の子の変化に気付いたり、とか。 「なぁ、この際折角なんだしさぁ、心菜(ここな)ちゃんと同棲、ってどうよ?」 「は?」 「だって心菜ちゃんも一人暮らしだろ?だったら丁度いいじゃん」 「何が丁度いいんだよ」 「えー彼女だろ?モモが困ってるんだから心菜ちゃんも受け入れてくれそうじゃね?」 何がおかしい?と言わんばかりにきょとんとした眼を向ける徳井に百路の喉がぐっと息苦しさと共に不可解な音をさせた。
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