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確かに、間違ってはいない。
矢部心菜は百路の彼女で、間違いは無い。
(間違っては、いないけど、なー…)
付き合って早一ヶ月。
その間と言えば、数人含めた飲み会は二回、二人っきりのデートは一回、一日のやりとりはおはようメールの後にお休みメールのみで、たまに校内であって話をするくらい。
これで付き合っていると言っていいのだろうか。
大体このくらいの付き合いで同棲とか図々しいにも程がある。逆の立場なら顔の厚さがどんだけあるのが測ってやりたいくらいだ。
「えーでも普通女の子と同棲とか憧れじゃね?」
「そうかぁ…?気を遣ってしょうがないだろ、普通」
「は?好きな相手だったら気を遣うのだって楽しいんじゃねーの?」
「何それ、こわ…」
気を遣うのが楽しい?
無い、無い。そんなのしんどいだけだろう。
好きな相手に対して顔色を伺っての二十四時間とかしんどすぎる。
淡々とした日々を過ごすのではなくて、おどおどした毎日に甘んじるのではなくて、もっと、
(こう、なんつーかなぁー…)
脳内にある恋愛像がふわっと浮かび上がるも、言葉では形にならないのももどかしい。
「けどいいなぁー彼女が居るってだけで羨ましいわ」
「…そう、か?」
「モモと言い、友江と言い、彼女持ちの余裕は違うわぁ」
素直に頬を膨らませ、腕組みする徳井に曖昧に笑う中、
「あ、噂をすれば」
「あー…あいつまたこの時間での出現な訳…?」
玄関先に一際目立つ人集りから頭ひとつ分抜き出た目立つ男を発見。
しかもその男を中心に囲んでいるのは全て女性と言う男なら誰もが羨むハーレム構図に百路は肩を竦めた。
特別珍しい光景ではない。
「あ、モモちぃと徳井じゃん」
「…よぉ」
「おっす、友江ー。今来た訳?もう今日の授業全部終わってるけどぉ?」
「だねー。折角来たのにがっかりだわ」
ただ、全くがっかり感も一ミリも無い声音でけらけらと笑う友江が此方に向かって当たり前と言わんばかりに百路の前に立つが、その背後からの女子生徒達の視線が痛い。
別に楽しい時間の邪魔をしたつもりは無いのに、これなんて理不尽?
「お前女の子寂しがってるぞ、戻れば?」
「えーモモちぃ、冷たいわー。あ、もうさ飯食いに行かね?俺最近スパイシーな料理ハマっててさー」
しかもこれみよがしに肩を組んでくる辺りがどう考えても彼女達を挑発しているように見えて非常に気まずさも呼んでもないのにやって来る。
零れる溜め息が中二病の腕に宿った魔力くらい抑えられない。
「あの子らの誰か誘えば来るんじゃね?」
「んー今日はそう言う気分じゃないからさぁー」
「あっ、俺はパスな、今から合コンだからさっ。あれ?つかお前彼女は?なんかナンパしてきた女と付き合ってたんじゃねーの?」
「は?ナンパした女が彼女な訳ないじゃーん。遊び相手?友達にもなってないっつーの」
整った顔立ちとは不釣り合いなけらけらと軽薄そうな笑う声とその言動。
何でこんな人間がモテるんだ。素直に疑問とやっかみしかない。
(やっぱ顔だろうなー、あとコミュ力?)
友江の良さがギュッと凝縮したかのようなノリの良さとフットワークが軽いのも、異性のみならず同性のウケもいいのだろう。
何と言うか、広く浅く。なのに、誘えば期待以上に動いてくれるのが一緒に居て楽しいのかもしれない。
「お前サイテー」
徳井がぎゅっと眉間に皺を寄せ、明らかに身体を仰け反らせ全身で引いて見せるも、
「だって付き合おうなんて言われてないし。向こうもそれくらいの軽い付き合いが良いんだって」
「そ、そんなもんかねー…」
でも、そう言われたらそんな気がすると、首を捻る徳井の真正の素直さに友江があははと笑った。
「じゃあさ、ももちぃは?飯。俺と二人。どうよ」
「うーん…いや、俺正直ちょっと今忙しくて」
別に友江と食事をするのが嫌な訳ではない。
ただタイミングと言うか、優先順位がこれじゃないと言うか。
「何?何かあんの?あ、デートだぁ、心菜ちゃんと」
「…………い、いや、そう、じゃない、けど」
「あ、ほら、噂をすれば心菜ちゃん」
なんて余計なお世話。
どうやら人混みの中から心菜を見つけたらしく、ここなちゃーん、おーいっと大きく手を振り、無駄に透る声が玄関先のホールに響き渡ると、ぎょっと眼を見開く百路の隣で徳井も耳を塞いだ。
いきなりの大声、しかも自分の名を呼ばれた事であちらも驚愕した風に眼をぱちぱちさせるも、一緒に居た友人達からほらほらと背中を押され、すぐに照れ臭そうに顔を伏せつつ見せてくれるのははにかんだ笑み。
「こ、こんにちは、友江くん」
「ねぇ、心菜ちゃん暇?俺とももちぃとで飯行かね?」
「あ…東郷くん、私も一緒でいいの?」
最近染めたばかりなのか、ハニーミルクティー色した髪をさらっと耳元に掛け、恥しそうに見上げてくる心菜に今日の不動産は諦めるしかないようだ。
「あー…大丈夫?何か用事とかあったんじゃね?」
一応彼氏として友人の非礼を詫びながらお伺いを立ててみれば、ふるふると首を振る心菜がふわりと笑った。
「大丈夫、私も今日のご飯考えなくて済むし」
「そう?」
「そう。たまには、ね」
決して目立つタイプの派手さはないが、仕草が小動物みたいで可愛い。
「それに、百路くんも居るし」
肩を竦めて笑う心菜に一瞬酷く胸が痛んだのは気の所為、だろう。
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