魔女が住む家

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『あぁ、ホームページに掲載されてた物件はもう契約済みなんです。そうですねぇ…八万あればかなりおすすめの所がありますよ』 (八、万かー…) 『最近はアパートの改装が増えて家賃も値上がりしたところが多いんですよね。女性のみの入居者希望が増えたり』 (…リフォームしてるとこ多いもんな) 『築五十年っ!四半世紀を生きた老練さ溢れる鉄筋コンクリート造、時代を逆行するレトロな佇まいは住めば都と言われております。ちなみにトイレは外付け、お風呂は近くの銭湯をお勧めいたします』 (無理だ) 今のアパートよりも更に年代を感じるアパート、家賃三万五千円に惹かれはするものの肩を落とした侭、最後の店へ。 『そうですねー…五万円…少々調べてお客様のご希望に少しで近い所を探してみますっ!!』 最後に入った不動産でオロ〇ミンCが擬人化したくらいファイトで一発な情熱が見て取れる対応の良い担当に当たったのが大きい。 こちらの要望を嫌な顔ひとつせず、大きく頷きメモを取る姿勢は好感しかない。 そしてスーツ越しでも分かる筋肉量は羨ましい事山の如し。世が世ならどっかの信玄がスカウトするレベルだろう。 聞けば身長はそこまで望めなかったが、代わりに鍛えた筋肉で高校大学とラグビー部の精鋭として活動していたらしいその担当者は鶴長大介と印刷された名刺を差し出すと、 「必ずご連絡いたしますっ!!!!」 と、百路の前髪がふわりと浮き上がる程の勢いで頭を下げた。 この担当者なら『見つかりませんでした』と言われたとしても素直に感謝を告げられそうだ。 そこから数日後。 意外と早く掛かってきた電話から聞こえたのは明るい声。 『東郷様、ご希望に近い物件があります!一度ご来店可能でしょうか!?』 スピーカーにしてもいないのに耳から三十センチ離しても聞こえるであろう声量に一瞬怯んだ百路だが学食内である事も忘れ、ぱぁっと笑顔を見せると日本人名物電話相手へのお辞儀を繰り返した。 なんと出来る担当だろうか。 こんなに早い段階で連絡が来るとは。そもそも物件を探し出してくれたとか非常に感謝すべきこ。 「え、っと、今日、今日伺っても大丈夫ですか、三時くらい、とか、」 『勿論です!!内見も出来るように手配しておきますねっ!!』 「ありがとうございますっ」 『ついでに内装の写真をお送りしておきますので、ご確認くださいっ!』 では、後ほど、と電話が切られた後すぐに震えるスマホに誘導されメッセージアプリを開くと確かに写真が送信されている。 「何?部屋見つかったのかよ」 鶴長の声は徳井にも余裕で聞こえていたようだ。興味津々と言った風にうどんを食べていた手を止めスマホを覗き込むと、しばらくしてひっそりと眉を顰めた。 「え…、ここ?」 「……そう、みたいだな」 「お前の要望って確か家賃五万で…出来るだけ駅近の学校に通い易い、だったよな」 「……風呂トイレは最低限欲しいが抜けてる」 「い、いや、そんな風呂トイレどころじゃねーだろ、ここっ」 徳井の狼狽したような眼が百路に向けられるのも、仕方無い。 「…これ、まじ?」 写真ではいまいち分かりづらいのは致し方ないとして、それでも分かるこの開放感あるワンルーム。フローリングと壁紙もオフホワイトな色味で統一されているからか、もっと広々として見える。 窓も大きく光が取り入れ易いように設置され、バストイレはそれぞれ独立した個室。しかも取って付けたようなものではなく、しっかりゆとり脱衣所や整理棚がある空間がある、きっちりとしたモノ。 キッチンもIHが二台、十分な広さのシンク等が写された写真に百路もひくりと口の端を引き攣らせた。 (どう見ても、五万の物件じゃなくね?) 「これさぁ、事故物件、とかじゃねーよなー」 「…よせやい」 本人が言わなかった事をさらりと言ってのける徳井をじとっと睨み付ければ、いやいやとスマホの画像と簡易的な説明であろう箇所を指挿す。 「だって、写真見ただけで分かるじゃんっ、築浅かリフォーム仕立てくらいの綺麗さだし、紹介文だって疑うレベルだぞ?エアコン完備っ。しかも駅から徒歩十五分っ!コンビニも飲食店もすぐ近くとかって、」 「…そりゃ、まぁ」 味のあるヴィンテージ感もなければ情緒溢れるレトロでノスタルジック強めな印象も無い。 「事故物件じゃないにしろ、ぜってー訳有りだって!お前気をつけろよ?」 「うーん…」 だがあの真面目そうで誠実そうな鶴長がこんな所を紹介するだろうか。条件が揃っていても欠陥住宅や訳有りと謳われているとしたら、きっと彼の事だ、家賃は高めでも安全な家を紹介してくれるだろう。 取り敢えず一度は行くしかない。 そこから考えれば良いのだ。 「ま、なんとかなるだろう」 「モモって変なとこ呑気だよな」 徳井が残っていたうどんを啜る。 百路も残っていたカツ丼に手を伸ばすも、ずしっと背中に乗って来た急な重みにぐふっと魔の抜けた声を出した。 「何なにぃ?もしかして引越しの話?」 「っ、友江…、おも、」 一体いつから聞いていたのだろうか。 ニコニコと目の前の空いていた椅子に座るとトレーの上のサンドイッチを豪快に口へと放る。 「で、モモちぃが引っ越すの?」 「…そう」 「へー今頃なー。何やらかした訳?」 「何もしてねーよ。ちょっと色々あってさ」 「ふぅん。心菜ちゃんとか知ってんの?」 「……………、いや、まだ」 テンポ良いレスポンスが一瞬途切れてしまった。
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