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まだ一度も自分の振った剣先がこの師匠にあたった事はない。いつか必ず、この木刀の先を師匠の体に当てて見せる。それを目標に日々剣術の稽古に熱が入る。毎日、兄よりも熱心に剣を振っているというのに…。
最近ぐっと背が伸びてきた兄とは力の差がついてきた。体格に差が出来てしまい、兄には到底敵わなくなりつつある。
一方のララの方は、ここのところますます胸の膨らみが目立ち始め、体に丸みを帯びてきた。
女としてのあの、いまいましい月の物が今月もまた始まる。
数日前から気持ちが憂鬱になり、最近急に膨らんできた胸が余計に張って痛みを伴う。
その膨らんできた胸を毎日長い布で巻くのも一苦労だった。
「王子様、あの森の奥に切り立った崖があるのをご存知ですか?」
「それがどうしたのだ?」
「あの崖の縁に立ち、目を瞑っても剣を振れるようになって下さいませ。」
「あの崖の縁でか?」
「左様です。目が見えなくとも、耳で音を聞いて気配を感じて、空間を捉えるのです。」
ある日、森の奥の崖のそばまでやって来た。兄のエドと師匠のスカイとララの三人で。
崖の縁に立つと谷から吹き上げる風に煽られバランスを崩しそうになる。
下に広がる奈落のそこに今にも引き込まれそうだ。
下を見下ろすだけで足がすくむ。
「こちらから思いきって向こう側へ飛び移ってみてください…」
スカイは目の前で容易くそれをやってのけた。1メートルはありそうな崖の向こう側にいとも簡単に飛び移って見せたのだ。続いて兄のエドも…。
向こう側に飛び移るなど、考えただけで身震いがする。
「どうです?怖いですか?」
「怖くなどない。」
強がってみたけれど、どうにも足がすくんで、剣を振りながら飛び移るなど出来そうになかった。
その日から毎日のようにその崖の縁に立ってはそこでスカイと剣を交えた。谷底に落ちる恐怖との戦いは自分との戦いでもあった。兄に追い付きたい。そして追い越したい。
日ごとに強くなっていく兄には剣術では敵わなくなっていた。
でも負けない。絶対に向こう側に飛んでやる。
稽古と称してはこうしてほぼ毎日のようにスカイと共に過ごし、馬に乗り回し剣を携え城の敷地内の広い森をかけずり走り回った。
そしてとうとうある日、崖のむこうに飛び移ることが出来た。
「やったぞスカイ!」
「やりましたね。王子様!」
全ての力を使い果たしてしまった。
もう、立ち上がる力も残っていない。けれど向こう側からこちらに飛び移って戻らなければ城には帰れない…。
「さあ、もう一度こちらへ。」
スカイが呼び掛ける。
エドが心配してそばで見守る。
「ララ、大丈夫か?」
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