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今頃ばあやが血眼になって私を探してる。
今日も朝からばあやの厳しいレッスンをして沢山叱られてきた。もう身も心もくたくたなのに午後からは読み書きの先生が来る。先生の前ではまた王子として振る舞わなければならない。
「あー、帰りたくない。」
思わずそんな言葉が今日もため息と共に漏れる。
もう一度大きなため息をつき、だらしなく投げ出した両足の膝に手をついてやっと立ち上がると後ろで声がした。
「おい、娘。そこの娘!」
__え?いま、誰かがこの私を娘と言った?
恐る恐る振り返るといつからそこにいたのか馬に乗ったとても若い騎士がこっちを向いて見下ろしていた。見た目は15、16歳かもう少し上といったところである。
「城へはどう行けばよい?」
ドレスなんか着ていないし髪の毛だって短いし。こんな格好をしているし。
どうして娘ってわかったんだろう…
今まで女だとバレたことはなかった。娘だなんて呼ばれたこともなかったのに。
見た目は第一王子の兄と瓜二つの男のはずなのに。
今日のこの服装だって動き回るのに最適などうみたって男のような格好だ。つばの大きい帽子を深くかぶり膝まである茶色の長い編み上げのブーツの下にピタッと貼り付くようなタイツを履き、上衣は狩りでいつも着ている着丈の長い尻まで隠れるごわついた焦げ茶色の皮のベストに薄手のアイボリーのシルクシャツ。
華やかなドレスなんか身に付けていないのに何で娘だと思ったのだろう。
声を出さずに黙って見上げると、その若者は目を奪われるような美しい顔で首をかしげその綺麗な深い空のようなブルーの瞳でじっと見つめ返してきた。久しぶりにこんなに美しい人を目にした。
黙って城の方向を指差す。深い森の奥に視線を送った。
「あっち?」
彼が心地よい爽やかなその声でそう訊いてきたので声を出さずに黙ってコクりと頷く。
するとその美しい瞳が向こうを眺め、少し離れた木に繋いだ私の乗ってきた馬に目をやった。
「城まで案内してくれぬか?」
その声が素敵に響いて思わず耳を擽られたのは、森に爽やかな風が吹いたせいだろうか。
黙って頷いたあと馬に近づき木に縛り付けていた紐をほどく。いつものように軽々と馬に跨がり振り向くとその男も馬に乗ってゆっくりとこっちに近づいてきた。
無言のまま手を上げてついてくるように合図すると、パカパカと蹄の音を鳴らしながら後ろをついてきた。
前後に二頭並んで城に向かって馬がゆっくりと歩きだした。
「娘はこの城の働き手か?」
そう後ろから声をかけられたけれど黙ったまま無視した。ボロが出ては困る。
この城の姫だなどとは間違っても言えないし、そもそも知られてはならないのだ。
その秘密を…。
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