底抜けに明るくて押しの強い霊のせいで探偵もどきをやらされている

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 *  築三十年以上は経過しているワンルームのアパートは、いわゆる事故物件というやつだった。  二階建ての角部屋は意外と日当たりのいい部屋で、畳部屋だったという所はフローリングに変えられている。  物件を実際に下見させて貰ったが、写真の通り綺麗にリフォームされていて、築年数を全く感じさせない部屋だった。ただ、玄関の扉だけは古い。  ここで亡くなったという男性は浄化したのか、それとも波長があった違う住人に憑いて行ってしまったのか、要が下見した時にはどこにも居なかった。空気も澱んでいない。  ——これなら住める。  家賃も安かったのですぐに契約を結び、住み始めてからは二年が経過している。実に快適だ。  部屋の鍵を取り出して視線を上げた。  そこにはさっきの妙な男が立っていて、大手を振ってアピールされる。 「おーい、ここだ。ここ。随分と遅かったな」  ——どうしてここにいる?  問いかけようとして口を噤む。顎に手を当てて、少しだけ視線を落とした。とある答えが脳裏を掠めたからだ。 「アンタ、幽霊か……」 「まあ、そうとも言うな!」  顎を上向かせ、胸を張って腕を組んで見せた男がドヤ顔をしている。それを見て大きなため息をつく。  何でそんなに偉そうなんだと言う言葉を飲み込む。  その前にこんな底抜けに明るいタイプの霊は初めてだった。  霊と言えば大抵は皆陰気臭く、話しても会話が成立しない事が多い。  コイツは元々頭の緩い奴だったのか、と少し同情する。 「君、いまボクに対して失礼な事を思っていなかったか?」  ——何故分かった?  だからと言って話す理由にはならない。無視しようと心に決める。この世の者じゃない者と話をして良い思いをした試しがない。  部屋に入って扉を閉めてから、口を開いた。 「どっか行ってくれ。霊と話す気はない。これからは無視するぞ」  小学生の時にあった火事もそうだった。  皆に見えていない……それはもう既に死んでいるからだ。  霊だと気がついたのは随分と後で、初めて他人に話すと気味悪がれて避けられ、陰口を叩かれた。  それ以降、己の相手をしてくれるのは図書館にある本か勉強だけで、朝から晩まで勉強や読書で時間潰しをしていた。  おかげで学校の成績は自分でも引くほど上がったが。 「まあ、それならそれでいいよ! 見えない者と喋ると独り言が多すぎる変人扱いされるからな。あ! もしかしなくてもそれってボクの事だな!」  いちいちノリが軽い。鬱陶しい。しかも面白くもない。早くどっかに行って欲しい。  目の前の男に、外気よりも冷たい視線をおくった。  ——こいつ何でこんなに元気なんだ?  本当に霊なのかと疑いたいくらいだ。  ピョンピョンと飛び跳ね、ダンスの動画撮影でもしてるのかと疑いたくなるくらいに男は一人で楽しそうだ。 「君! 新聞とかないかな? 十三年前からのもの全部だ!」 「……」  ——あるわけねえだろ。図書館に行けよ。  心の中で返事して、徹底的に無言を貫き通す。テレビをつけて一人がけソファーに腰を下ろした。 「さあ次はどんな話題にする?」  ——知らねえよ。  大手を振ってピョンピョン飛び跳ね、男はこちらの注意を引こうとしている。また腹が立ったが視線さえも向けずに黙ったままでいた。  欲を言えば早く風呂に入って寝てしまいたい。  チラリと視線をやる。  霊とは言え、本当に顔も良ければスタイルもいい。手足が長くてモデルや俳優みたいだ。  ——イケメン爆発しろ。  鼻で笑いながらそんな事を考えていると、頭にテレビのリモコンが飛んできた。 「いってーな!」 「何だかもの凄くイラッとしたんだよ!」  ——さとりかよ。  また無視を続行するし、テレビに視線を向ける。  やがて諦めたのか、男は部屋から消えていた。  良かった。これで風呂に入れる。  明日に備えて即行で浴室へ向かうと、シャワーを浴びてベッドの中に潜り込んだ。
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