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「ボクが居なくて寂しかったか? だよな! また来たからご安心を!」
——心底ウゼエエエ!!!
性懲りも無く男は次の日も現れた。
しかもバイト先であるコンビニに来られるのは、これ以上ない程に迷惑だった。
今日から夜勤に入っていた要は男を尻目に見ただけで、すぐに勤務を再開させる。昨日と同じく無視を徹底した。
レジを打ち込み、商品を並べ直して、店内にいた最後の客を見送る。
らしくなくやけに静かなのが気になって視線を走らせると、男は弁当コーナーで瞳をキラキラ輝かせて涎を垂らしていた。
「きったねえな!」
思わず叫ぶ。
「す、杉崎くん? どうしたの突然声なんてあげて」
滅多に大きな声を出さない要に驚かされた沼田が目を丸くしている。
「いえ、そこに虫が居たのでつい……すみません。外に放り出してきます」
ティッシュを数枚取り、何かを捕まえるふりを装う。
「そ、そう? じゃあお店お願いね。僕はちょっと事務所で発注書書いてくるから」
「分かりました」
「お! 何だ? 話す気になったか?」
沼田が去った途端に寄ってきた男の服を鷲掴み、外に放り出す。
自動ドアをすり抜けてすぐに入ってきたが、またスルーを決め込んだ。
——あ? こいつ昨日と服変わってねえか?
白系統のTシャツにチノパンというラフな格好なのは同じなのだが、Tシャツとズボンの色が違う。
違和感を覚えながらも頭を切り替える。
関わらずに無視すると誓ったのは自分だ。
それに部屋の中ならまだしも、外で話そうものなら確実に奇異の目に晒される。
幸いにも今は客足が遠のく時間帯で、店内には要以外は誰もいないのだが、話す気持ちにはこれっぽちもなれはしなかった。
男にもそれが伝わったのか、それっきり話しかけてこない。安心した。
かわりに、キョロキョロと辺りを見渡して鼻歌交じりに商品を物色している。
——本当に変わった霊だな。
店内を徘徊しているのは、物珍しいからかと思っていたが、要は次の瞬間にはギョッとして目を剥いていた。
「お〜出来た出来た! 大量〜大量〜!」
生きている人間でも滅多にやらない万引きを堂々とやってみせたからである。
あらゆるお菓子や弁当、パックのジュースが浮かびあがり、一人でに飛んで全てが出入り口に向かっていく。
他者からみれば物が浮遊している怪奇現象にしか見えないだろう。
「ちょっと待てーっ!」
ツッコミせざるを得ない状況になった。
男が万引きしかけたお菓子やジュースを引ったくるように全て回収して、要は手早く元の場所に戻していく。
——何なんだよコイツは!
誰にも見られていないのを確認して一息つくと、男がニンマリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「やめて欲しかったらボクの話を聞くことだな。聞かないって言うなら、そこの防犯カメラにも映るように、商品で一人キャッチボールを始めるぞ」
誇らしげに言われても困る。
もしかして誰にも相手されない時には一人キャッチボールをしているのだろうか。
可哀想な奴だ、半目になる。
「楽しいのか? 一人キャッチボール」
「別に……。と、友達が欲しいなんて、欲しいなんて……っ」
——ツンデレか。
「欲しいぞ、友達! 当たり前じゃないか! 何を言ってるんだ!? バカなのか? 君こそ友達を作れ!」
——ああああ、マジでウザァ。
心の奥底から大きなため息が出ていった。
口を開こうとした瞬間、事務所の扉がバンッと力強く開け放たれ、中から店長が小走りで駆け寄ってくる。
「すすすすす杉崎くん! 今防犯カメラにポポポポポルターガイストみたいな物が映ったんだけど、なななな何⁉︎ 大丈夫だった⁉︎」
意外と小心者なのだろうか。沼田は青い顔色であたふたしていた。
「見間違えじゃないですかね。この通り何もありません。連勤続きだったから疲れているんですよきっと。俺ちゃんと見てるんで店長は少しでも寝て体調を回復させてください」
沼田に向けている笑顔が引き攣っているのが自分でも分かった。
「そうなのかな……うん、そうだよね。確かに疲れている。考えてみたら僕心霊現象なんて今まで一度も見た事もないし。変な事言ってごめんね」
「いえ、気にしないでください。もし店内での出来事だったんなら事務所の方が安全だと思いますよ。仮に何かあっとしても俺は全く気にならないんで平気です」
怖いのか小太りの体を震わせている沼田を事務所に送り届ける為に付き添った。ついでに男を睨みつける。
男はケラケラと笑っていた。
事務所から出ようとすると、行くの? みたいな、いかにも行ってほしくなさそうな顔をされたが、気が付かないふりをした。
店内ならまだしも三畳くらいしかない事務所に男二人っきりで籠るのは精神的にキツい。
妙な噂がたった日には、メンタルを削られる。それに店内を空にしてしまったら、客からは悪評がついて、暇な店がもっと暇になりそうだ。
足早にレジ前へと戻ると、男が嬉しそうに駆けてきた。
「どうだ? 聞く気になったか?」
「はあ……分かったよ。先に言っとくけど、体を見つけてくれとかそういうのだったら無理だぞ。とりあえず話だけなら聞いてやる。話を聞くだけ、だからな?」
話を聞くだけの所だけは強調して口にした。
男は嬉しそうに何度も頭を上下させている。
「ボクは人探しをしている」
「人?」
「弟を殺した犯人だ」
急に真顔になった男に驚きつつ、髪の毛をかき混ぜる。
何を言うかと思えば探偵もどきのことをやれと言われるとは……。予想外だった。
——こんなど素人に何を求めているんだ。
「んなもん、警察案件じゃねえかよ」
「警察にボクの姿が見えると思ってるのか?」
「お前の言葉を俺が伝えれば良いんじゃないか?」
「どうして知っていると言われた時にはどう答えるつもりなんだ? 霊に聞いたとでも言うつもりか?」
言葉に詰まった。
言われてみればそうである。
要は過去の火事以来、当たり前のように霊の姿が見えるが、そういった人間は数少ないのを知っている。要自身、今までに会った試しもなかった。
それに要は霊の姿を見たり会話をしたりは出来るが、それだけだ。
祓う事は出来ないし、イタコみたいな真似も出来ない。
身体能力も高くなければ、頭がきれるわけでもない。
読書は好きなので、ミステリー本も読むが謎解きは出来ない。あくまで他人の創作物を楽しむ程度だ。
何の特徴もない一般人となんら変わりない。犯人探しなんて出来るわけがない。
「それを言うなら犯人見つけても同じじゃねえかよ。つうか何で俺? ハッキリ言って俺は何も出来ないぞ。霊相手の護衛とかって話でも無理だ。喧嘩すらした事ないからな」
ヘタレの自覚はあるが、そこは敢えて言わなかった。プライド的な問題だ。
「頼みたいのはそんなものじゃない。君の家が火事になった時の事を詳しく思い出して欲しい。ボクの弟の件と繋がりがあると思っている。それに君は自身の家族を殺した火事の犯人を捕まえたいと思った事はないか?」
「お前、何言ってる……」
矛先を変えられた質問に全身の神経を逆撫でされた気がした。
何を根拠にそんな事を言っているのか分からないが不躾にも程がある。
正面から男を睨みつけた。
「言っておくが、俺の家族は〝偶発的に起こった火事〟で死んだんだ。放火でも殺しでもない!」
「何故そう言いきれる? 君は唯一の目撃者だと言うのに」
「は?」
頭に血がのぼりきっていて、まともな判断すら出来るか怪しい。抑えきれない程に苛々していて、自分の右手首を左手で強く掴んで押さえた。
「ボクは霊体だ。通常他人には見えやしない。あの日は家にいて、外出すらしていなかった。だが、君は違うだろう。あの日に深く関係しているのは恐らく君だけだ。よく思い出して欲しい。君は見ている筈なんだ」
——また『あの日』に連れ戻されるのか?
十三年という年月を費やして漸く解放されたというのに……。
突然こっちの日常生活に勝手に踏み込んできて、その上過去の出来事にもズカズカと土足で上がり込んで来られるとは思ってもみなかった。
我慢は限界に達した。
「ふざけんのも大概にしろ! 事故だっつってんだろ! 二度と俺の前に現れるな!!」
男に背を向ける。
何拍かの間を置いて、客の来店を示すように自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
要は意識をそちらに集中させた。
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