底抜けに明るくて押しの強い霊のせいで探偵もどきをやらされている

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 何かを期待させるような適当な軽い言葉はかけたくなかったから、事実をそのまま伝えた。  男の切実な思いを知ってから、中途半端な話はしたくなかった。例え、あんなに避けていた霊だろうと、今となってはちゃんと向き合いたいと思っている。 「そうか。時間をとらせてしまったな。悪い。また何か思い出したら教えて欲しい」  男はそう口にして消えた。  はにかんだ最後の笑顔が寂しそうに見えて、何だかこちらが悪い事をしたような気になってくる。  ——あー、もう!  後味が悪い。  男の後を追って外に飛び出した。  外に出てみたのはいいがどこに行っていいのか分からず、早々に立ち往生する。  ——最近火事のあった場所か?  走りながら周辺を見渡す。しかしどこにもその姿はない。 「どこ行ったんだ、アイツ!」  また走った。  元実家に向かう為に最寄駅から電車に乗った。  昔の家はここから七駅は離れている。しかも既に更地になっていて、何も残っていない。雑草が所狭しに生えているだけだ。  到着して周囲を見渡す。  ——ここにも居ない。  踵を返しかけて足をとめ、また思考を巡らせていく。  ——俺、あの時誰かを見かけた気がする。あれは誰だった? 「え? もしかして要君?」  立ち止まって考えていると、背後から呼びかけられて振り返った。  ——誰だ?  食い入るように見つめ、鼻の横にあるホクロを見てとある人物の顔が思い浮かんだ。 「もしかして……和昭さん?」  唖然とした。 「覚えててくれて嬉しいよ! ビックリした。もしかして今もこの辺に住んでるの?」  和昭は当時、家の近くに住んでいた人物だった。  当時はよく遊んで貰っていたが、突然一家揃って他県に引っ越してしまい、疎遠になっていた人だ。ここに居るのを考えると戻ってきたのだろうか。  本名は、斉藤和昭。幼い頃は兄と慕ってそう呼んでいたのを思いだす。ドクリと心臓が音を立てた。  ——待て……。もう十年以上は経つのに、どうして後ろ姿だけで俺だと分かったんだろう?  髪型も違う。身長だって平均身長までには伸びた。  要は平均身長に平均体重、顔も突出して良いわけじゃない。良くも悪くも『普通』なのだ。飛び抜けて秀でた見た目をしていないのに後ろ姿で判断出来るのはおかしいと思った。それと気掛かりな事があった。  ——あの時この人家の中にいなかったか?  いや、しかし……。と逡巡する。  中にいる人物もろとも、煙にまかれて火の海になったのだ。もし家の中にいたのなら無事で済んでいる筈がなかった。  全身大火傷を負っていてもおかしくないのに、見たところ和昭には火傷の痕一つない。  それなら勘違いだ。あの火事に巻き込まれて、火傷を負わずにいられるわけがなかった。  思わずホッとしてしまう。 「いえ、今はこことは離れた場所で一人暮らしをしています。ちょっと懐かしくて……」 「そうか……。おばさんの事、残念だったね。今でも信じられないよ」 「はい」  視線を落とした。  久しぶりに会った和明と他愛無い会話を交わす。  気さくで温和な性格は今も健在らしい。久しぶりに話すと、幼かった頃の思い出が懐かしくて何だか和んでしまった。 「あ、もう行かないと。ごめんね要君」 「いえ、俺こそ長話になってしまってすみません」  用があるからと和昭が腕時計を気にしながら去って行き、要もまた男を探すために周辺を探索し始めた。  十三年だ。こんなに月日が経っていると、もう何も残っていないだろう。  家の間取りを思い出して裏庭があった場所へ向かう。そこには昔、家の鍵を隠していた所がある。  ——確かこの辺だったよな。  記憶を辿り、しゃがみ込んで母が花を育てていたプランターを置いていた場所を探す。  周りの雑草を抜いて、近くにあった石で土を掘り返す。暫くの間掘り続けていると、鍵が出てきた。 「これ、もしかしてうちの合鍵か……?」  土を落としてズボンの後ろポケットにしまう。  男はみつけられなかったので、手についた土も出来るだけ落として、また電車に乗りこむ。  男の事は諦めて大人しく部屋へと戻った。 「来たよ! 寂しかっただろ? あれから何か思い出せた?」  喋りながらバレリーナの如く部屋の中でクルクルと回転している。 「…………」  ——コイツのこの無駄に高いテンションはどうにかならんのか?  視界が姦しいという初めての経験をした。  思わず半目になった。  男は当たり前のようにベッドの上に陣取り、足を組みながら軽快な口調で喋る。  心配して探しに行った己が馬鹿みたいだ。一気に脱力した。 「ボクが居なくなって初めて気が付く事もあるんじゃないかと思ってな!」  またしても胸を張って言われた。 「勢いで喧嘩別れしたカップルみたいな言い方やめろ。キメェだろ」 「アリだな。で、何か思い出せたのか?」  ——ねえよ!!  男には興味はない。鳥肌がたった。  再度問われ、短く息を吐き出す。  拾ってきた合鍵らしき物をテーブルの上に乗せる。 「昔、鍵を落とした事あって合鍵をベランダ側にあるプランターの下に置いていたんだ。多分うちの鍵だと思う。土に埋もれていたのを見つけたから持ってきた」  家はもう既に無くなっているのだから鍵を見つけた所で何ともならないのだが。  火事は事故だと処理をされたからか細かく調べてられていなかったのだろう。 「それと昔近所に住んでいた知人に偶然会った。兄みたいに慕っていた人だ。でも少し疑問に思う事もある。その人、炎の中に居たような気がしたんだけど、あの火事だろ? なのに火傷の痕一つなかった。という事は俺の記憶違いなのか? 思い出そうとしても思い出せない」  男は真顔で顎に手をやり気難しい表情をしながら、大人しく話を聞いている。 「成る程。煙にまかれて炎に包まれた筈の男か。何処にも火傷の跡はない……しかし話を聞いている限りでは何か怪しいなその人。タイミングといい偶然にしても出来すぎている気がする」 「俺も再会した時には疑問に思ったんだけどな。改めて話してみても昔と同じでとても優しい人だったぞ。残すは当時塾で一緒だった人たちだけど。うーん、そっちもこれといった怪しい奴が思い浮かばないんだよな。講師もそうだったけど清掃員の人たちも優しくて、母が迎えに来れない時は家まで送ったりしてくれたし」  あの日だけは講師も清掃員もいなかったが。 「君は人が良いからそう思うだけってことはないか? 笑顔の裏側には黒い本性が隠れていたりするものだぞ。あんなに邪険にしていたにも拘わらず、結局ボクの事も受け入れているだろう? まあ、それが君の良い所だけどな」  ——受け入れているんじゃなくてお前は拒んでも勝手に来るだけだ。  そう言いたかったが言葉にする前に要は閉口した。面倒臭かった。
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