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数日が過ぎた休日の日の事だった。
要はまた昔の家の近くまで行ってみようと準備を始めていると、男も勝手に着いてきて、意気揚々と隣を歩き出した。
やはり服装が変わっている。
男と会うようになってずっとチェックしているが、毎回違う服装だ。
——霊も着替えとか出来るんだな。
これも初めて知った。
要は男を一瞥すると視線を前方へと戻した。
あの日起こった出来事を、記憶にあるだけ順番に頭の中で辿る。
朝起きて、学校へ行って、塾が始まる時間より少し早めに家を出て公園にも行った……と思い出しながら道を歩いていたが、要はふと足を止めた。
「そうだ。子猫がこの木から落ちそうになっていたから助けたんだ」
「ふむふむ、成る程」
そこは塾のない日にも遊びに来ていた公園だ。小学生でも楽しめる遊具があるのが魅力的だった。
ちょうど家から塾の通り道だったのもあり一人でもよく行っていた記憶がある。
同じように周りをキョロキョロ見渡して、あの日の己の行動を真似て行く。
木に登ると、公園と小道を挟んだ家の二階部分の部屋が見えるのが分かった。
「あ……そうだ」
要は、色素の薄い髪の毛をした少年らしき人が背中を向けて立っていたのを思い出して、木の下にいる男に視線を向けた。
「弟ってあの時も同じ髪型をしていたか? あの家に見覚えは? あの日、ここから白いシャツを着た少年の背中が見えたんだ。誰かと話をしていた。遠いし観察していたわけじゃない。詳しい内容も顔も知らないけど、その子の向かい側には誰かが居た気がする」
「髪型も服装も同じだ。ボク達は双子だから全てが同じにされて両親に遊ばれていたしな」
どれ、と言いながら男がフワリと宙を舞う。
「うーん、見覚えがないな。ボク自身はここに来た事すらない」
「そうか。なら俺の記憶違いか。昔見たお前そっくりな髪型だったから、てっきりそうだと思ってしまった。悪い」
「あは、何で謝るんだ? 謝るのはボクの方だ。ここまで協力してくれてありがとう。これでも感謝しているんだ」
初めてにっこりと微笑みかけられてしまい、何だか気恥ずかしくなった。
柔らかい表情をしていると綺麗な顔立ちに拍車がかかる。
——コイツに礼を言われると調子が狂うな。
気まずさを覚えてしまい視線を逸らした。
尻目に見た男がどこか淋しそうに視線を伏せているのが分かって、今度は別の意味で心臓が跳ねた。
自分の事のように胸の奥が騒ついている。
「そういえば、この木に登ったのはいいけどちゃんと降りられなくて、途中で下に落ちたんだっけ」
幼いながらも逃げていった子猫が無事で良かったと思ったのを覚えている。
「間抜けなんだな。ギャップ萌え作りか?」
「ちげーよ! うるせーな!」
言わなければ良かった。さっき迄のしおらしさが恋しい。
「そうだ。落ちた後、塾までの時間潰しに参考書を開いてここで読んでいた」
確かテストが近かったと記憶している。
塾に到着すると、ちょうど入口に清掃員が居たので二〜三会話をした。
教室に向かうと、途中で講師にも会って一緒に教室に入ってそのまま授業についたのを思い出す。
「残念だけど怪しい奴になんて誰にも会っていない。俺が積極的に関わったのは、ここにいた子猫くらいだ」
「念の為にあの家を見てくるよ。君、この木の下で当時のように参考書を読んでいるフリをしていてくれないか?」
「まあ、別にいいけど」
男はまたフワリと舞い、先程の家まで飛んでいく。
五分程して戻ってくるなり、ニッと意味深な笑みを浮かべて見せた。
「先程は違うと思ったけど、あの家にいたのは本当にソナタだった可能性が高い。間取り、そこの窓から見えた君の横顔が、読み取れた思念の映像と一致する。恐らくは木から落ちて休憩していた君を見ていたのかも知れない。今からまた色々調べてみるとするよ。要——」
初めて名を呼ばれて心音が跳ねた。
「これまでありがとう。手間をかけた。本当に八方塞がりだったんだ。それに……君はもうボクには関わらない方がいいかもしれない」
唐突に声音を落として呟いた男が、こちらをジッと見つめていた。
真摯な瞳だった。
「今更なんで?」
人を散々振り回しておいてそれは無いだろう。
ここまで来たら最後まで付き合いたい。
己にも関係しているなら尚更だ。
それに、この男はどこか放っておけない所がある。
明るく見せている癖に、ふとした瞬間に見せる淋しさを纏った表情がそう思わせるのだ。
もしかしたら過去の自分と重ね合わせているのかもしれない。ドン底にいた十三年前の自分と……。
「実は、少し前から君の周りを彷徨いている妙な男がいる。目的は分からない。ボクが巻き込んでしまったからかもしれない。気がついていたか?」
「は? 何だよそれ」
寝耳に水だ。何のために遠巻きに纏わりつかれているのか理由はサッパリ分からないが、最近と言うからには過去の火事事件に関係しているのかもしれない。
男の姿は要以外には見えないので、要が何かに気がついて独自に動いて調べていると思われている可能性もあった。
「ボクも良く分からない。君のバイト先、途中にあるカフェ、アパートの下にいつも同じ男がいる。何をする訳でもなく要を見ているだけだ。ただあまり良い印象はうけない。要、協力してくれて本当にありがとう。代わりにボクがその男を探ってくる。何か分かったらまた部屋に行く」
要が次の言葉を言うよりも早く、男の姿はそこから消えていた。
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