底抜けに明るくて押しの強い霊のせいで探偵もどきをやらされている

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 *  あれから一日経った。  要はベッドの上で横向きに体勢を変えた。男は近況報告にはまだ来ていない。  自分からも行動すべきかどうか思案しつつも、その間にフラリと男が来るかもしれないとも考えてしまい、頭の中が纏まらずに振り出しに戻る。 「あ〜もう。考えるだけなのは性に合わねえんだよ」  結局外に飛び出していた。 「要君!」  突然名前を呼ばれて驚いた。  振り返るとそこには和昭が立っている。  ——どうしてここに?  今までにこの近辺で会った試しはないが、もしかしてこの近辺に住んでいたのだろうか。 『少し前から君の周りを彷徨いている妙な男がいるんだ』  男の言葉を思い出す。  ——もしかしてその男って和昭さんなのか?  それなら実家の近くで出会ったのも、偶然なんかではなくつけられていたのだと納得出来る。要は些か緊張した面持ちで和昭を見た。 「へえ、ここに住んでいるんだね。部屋も見てみたいな。良いだろう? 見せてよ!」  ぐいぐい腕を引かれて要はよろけてしまう。  ——この人こんなに強引な人だったか!?  突然豹変したように感じられ、要は足を踏ん張って耐えた。 「すみません。今友達を探していて急いでいるんです。また今度にして貰えませんか?」  口早に囃し立てたものの、腕は掴まれたままだった。 「そういえば要君」 「何ですか?」  若干イラつきながら問いかけると和昭はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。 「君、もしかしてあの日、僕に気が付いていたんじゃないか?」  ——犯人はやっぱりこの人か!  逃げようと腕を振り払った時だった。  和昭の体が大きく傾いてそのまま地に転がる。  不意打ちでドロップキックを喰らったせいで、和昭は完全に伸びていた。 「無事か、要!」  そこにいたのは息を切らした男の姿があった。  ——突然ドロップキックってどうなんだ? いや、そんな事より……。  強烈な光景だったから言葉も出てこない。 「は? え? 何でお前……」  混乱してしどろもどろになってしまう。  ずっと霊体だった男に実体があるというのはどういう事なんだ?  意味が分からない。  実体がなければ生身の人間にドロップキックなど出来ない。  ——まさか、コイツ。  唖然としたまま瞬きもせずに男を見つめる。  要が何を言いたいのか察した男は得意げに口元に笑みを浮かべてみせた。 「あは、驚いた?」 「違うだろ! どういうことか説明しろ!」  さっきから意味の分からない事ばかりで、いい加減頭がパンクしそうだ。 「う……、今のは……」  和昭が呻いたのが分かって、二人で視線を這わせる。 「それよりも逃げるぞ! 早く走れ!」  男の言葉を聞いてハッと我にかえった。  要は先に走り出した男の後を追い、慌てて追いかける。  だが足の速さは要が上だった。すぐに並走し、男をジロリと横目で睨んだ。 「で、何でお前は生きてるんだ?」 「お前じゃない。ボクの名前は阿比留カナメだ。カタカナでカナメだ」 「カナメ……て、よりにもよって俺と同じ名前かよ」 「だから君の名前は中々呼びづらくてな。それよりとうとう接触してきたか。何なんだあのストーカーは?」 「ストーカー?」  火事の犯人だと知っていて蹴ったわけではないらしい。 「お前……いや、カナメの弟を殺そうとした犯人及び放火犯じゃないのか?」  同じ名前だと呼び辛いのが分かった。耳裏をくすぐられているような妙なむず痒い気持ちになる。  立ち止まったカナメがキョトンとした顔でこちらを見つめていた。 「いや、違うぞ。奴は単なる君のストーカーだ。最近良く見かけていたのは奴だからな。奴に憑いて家に入ったら要の写真ばかりが壁に貼られていて、さすがのボクもゲンナリしたぞ。という事は君が見た炎の中の男とは奴の事か」  ——俺の写真ばかり?  ゾッとした。  全身鳥肌が立って、思わず身を震わせる。  あのままあの人が部屋に上がり込んでいたらどうなっていたんだろう。想像したくもなかった。 「そうだ。昔はお兄ちゃんって呼んで慕っていた。ストーカーだったとは……。助かった、ありがとう。いや、待て。となると犯人は別に居るって事じゃねえか」 「お兄ちゃんって呼んでいたのはアイツの事だったのか?」  要の言葉を聞き、カナメが神妙な顔つきになった。 「ああ、そうだ。どうした?」 「おかしい。君はあの時も倒れる前にそう呟いていただろう? だが、君がお兄ちゃんと口にした時、君は家の中は見ていなかった。どういう事だ?」  言わんとする意味が分からなかった。  要は暫し呆然とする。  確かに窓の中を見ていたと記憶していたというのに、これは一体どういう事なんだ? 自問自答していると、カナメがまた口を開いた。 「ボクは窓ガラスが割れた直後、移動して君の近くにいた。その時にはもう誰もいなかったからな。君は野次馬の中を見渡して、『お兄ちゃんがいる』と言って倒れただろう? ひょっとして君、火事のショックで記憶がこんがらがっていたりしないか?」  目を瞠る。  心臓が忙しなく脈打っていて、要はずっとカナメを見つめ続けていた。 「じゃあ『お兄ちゃん』て誰だ?」 「ボクが知るわけがない。もう一度よく考えてみたらどうだ?」  頭をフル回転させる。  ありったけの記憶を思い出し、追想していく。  家の付近で怪しい人物は見かけた事もなかった。  ——怪しい人……?  不意に思い至り、要は表情を険しくした。  怪しい人に照準を当てているから分からなくなっているのではないか? と自らに問いかける。  ミステリー小説の定番だ。自分の事になると、ミステリーとして当て嵌められなくて失念していた。  今度は記憶をなぞって身近にいた怪しくない人も思い出していく。  その中でも怪しくなくて、当たり前のように接点を持つ大人があと二人いた。  塾講師と清掃員だ。  あの日、講師は別の塾へと臨時で駆り出されていた。となると残りは……。 「塾の清掃員か」  確かとても人当たりの良い穏和な性格をした二十代半ばの人だった。
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