底抜けに明るくて押しの強い霊のせいで探偵もどきをやらされている

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 一人でいるとよく話しかけてきて、母を待つ間も一緒にいてくれた。  母の仕事の都合で迎えがない時には、家まで送ってくれた事もある。  当然己の家も知っている。 『まだ来ていないんかい? じゃあ、お兄ちゃんが送ってってあげようか? 心配しなくても大丈夫だよ』  頭の中で清掃員の口癖が木霊す。 「名前は、確か……後藤恭介だった気がする」 「後藤……恭介?」 「ああ。口癖がいつも『お兄ちゃんが送ってってあげるから大丈夫』だった。誰とでも話す気さくな人で塾生からも人気が高かった。俺だけじゃなくて、他の子にも同じセリフを言ってるのを何度も聞いた事がある。もし塾だけじゃなくて、近くの習い事や別の塾にいた子にも言っていたんなら、そこでお前の弟と知り合ってた可能性はないか?」  思わず頭を抱えた。  誘拐や殺人に関わっている人物とは思えなかったからだ。いや、思いたくない。  疑う事も知らなかった子ども特有の無垢さが恨めしい。 「これは当たりだな。弟はピアノを習っていて、帰りに行方不明になった。その日の夜、川で浮かんでいたのを発見され、読み取った思念から君の家が出てきた。それにしても、久しぶりに自分の肉体に帰ったから若干慣れなくて体に違和感がある。走るのってキツイな」 「戻った……て、そういえばお前死んでなかったのか? 霊とか言ってただろうが」 「霊みたいなものだ、とは言ったがボクは一言も死んでいるとは言っていない。幽体離脱は特技であって趣味だ! 驚いたか!」  胸を張って誇らしげに言い切られた。  特技で趣味……この世のどこを探してもそんな危篤な人物などカナメしかいなさそうだ。  確かに死んだとは一言も言っていなかった。  しかし他人に視えないという時点で死人だと考えるだろう。内心で愚痴る。  はあああああ……、と果てしなく深いため息を吐き出した。  カナメ自身については、何だかもう全てがどうでも良くなってくる。  出会った時から今に至るまで、カナメは何でも有りだ。こちらの想像の斜め上ばかりを行く。  それよりも和昭が犯人ではないのなら早く行動しなければ、さっきみたいに先手を打たれて襲われる可能性があった。そしてふと気がつく。 「なあ、何で今なんだ? あれからもう十三年だぞ。なのにどうして今?」  要の質問はカナメの笑顔だけで一蹴された。 「これを見ろ」  それは数週間前の新聞を切り取ったものだった。  そこには十三年を経て事件の被害者が奇跡的に目覚める、という見出しに書かれている。 「後藤恭介三十九歳。火事に巻き込まれて全身大火傷を負い、ずっと意識不明だったが奇跡的に意識が戻るって、これ、まさか……」 「さっきまではコイツに話を聞きに行くつもりでいた。だが、今は行かなくて良かったと思っている。被害者だと書かれているけど、犯人はコイツと見ていいだろう。図書館で火事や行方不明になった児童の記事にも全て目を通してきた。男が入院してからは比例するかのように放火事件も失踪事件もなりを潜めている。君が木の上から見た二階建ての家もこの男の実家だった。もしかしたら君の家族はボクの弟が連れて行かれるのを偶然見てしまい、口封じされただけかもしれない。君の家と弟だけが奴の手口と異なっているんだ。もしそうなら……本当に、すまなかった」  申し訳なさそうに、カナメが視線を伏せる。 「そりゃ正直ショックだけど、もう十三年だぞ。お前に怒ったのは土足で過去を踏み荒らされた気がしたからだ。俺自身はもう立ち直ってる。今に至るまでずっと大変だったのはお前の方だろ。それよりも、後藤に会いに行くのが先だ。違ってたらまた考えよう」  いつになくしおらしく頷いたカナメと一緒に記載されていた病院へと向かう事に決める。  そこは奇しくもソナタが居る病院と同じだった。  *  以前に訪れた時とは違って出入り口に足を進めるのも気兼ねしてしまう。  カナメに視線を向けると、いつに無く気難しい表情をしていた。  時おり迷いが生じているかのように目を細めている。 「ないとは思うけど、お前が行って何か起こると困る。俺もあの人とは知り合いだし俺が先に会ってくる。証拠が取れるかは分からないけど、見つからない所からスマホのボイスレコーダーか動画撮影くらいはしといてくれ」  カナメとソナタは瓜二つの双子だ。  本当に後藤が犯人ならカナメを見るなり興奮して、襲いかかったりするかもしれない。それは避けたかった。  話し合って、病室へは己が先に入ることにした。
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