底抜けに明るくて押しの強い霊のせいで探偵もどきをやらされている

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「失礼します」  窓の外を見ていた後藤に声をかけると、ゆっくりと要を振り返る。 「君は……?」 「お久しぶりです後藤さん。覚えていませんか? 十三年前、貴方が清掃員として働いていた塾に通っていた杉崎要です」  小さく一礼した。 「ああ、要くんか! 随分と大きくなったね。元気そうで良かったよ」 「はい。ありがとうございます。新聞を読んで驚きました」  相変わらず人の良さそうな顔でニコニコと笑っている。  カナメの言う殺人及び放火魔には全く見えなかった。  だが、要は単刀直入に核心へと踏み込んだ。 「後藤さん。今日は貴方にお聞きしたいことがあって来ました。阿比留ソナタ君をご存知ですよね?」 「一体誰の話をしているんだい?」  後藤は笑顔を絶やさず、正面から真っ直ぐにこちらを見つめている。 「知らないけど……今頃はまた火に当たって暖かくしてるんじゃないかな? びしょ濡れじゃ寒いだろう?」  ——コイツっ! 「ふざけるな!」  病室の出入りで待機していたカナメが飛び込んでくる。  肩を震わせて、激昂しながら後藤を睨みつけていた。 「ソナ、タ? そうか、僕に逢いに来てくれたのか。嬉しいよ。もう一度二人だけの部屋で暮らそうか。水遊びをしたら、その後はまた火に当たって暖かくしようね。大丈夫だよ、お兄ちゃんがいるから! ね! あの時はちょっと水につける加減を間違えてしまったけど、今度は上手くやるさ。その後はたくさん火をつけてあげる。そうしたら暖かくなって泣き出す程に元気になるだろう?」  興奮気味にベッドから降りようとして、後藤は足腰が立たずに落下した。  派手な音が響き渡る。  火事で負った火傷の後遺症もあり、長い間寝ていた体は筋力が衰え骨が浮いていた。  関節は固まり、神経にも異常がきたしている。  動けないのも当然だった。 「貴方たち何をしているの⁉︎」  音を聞いて異常を察した看護師がすぐに医師を呼び、後藤から引き離される。 「ソナタ、何処に行くんだい? ソナタ」  後藤はずっとそう繰り返していた。  カナメは悔しそうに、それでも後藤に同情するような表情をした後、俯いてしまった。  足早に後藤に近付いていって、医師を押しのけて後藤の胸ぐらを掴み上げた。 「その名を呼ぶんじゃねえよ! ソナタはお前が誘拐して殺したんだろが! それにコイツはソナタじゃない! うちの家に火を放ったのもお前だろ! 母に何をした!? 今までにも何人殺したと思ってんだよっ、少しは反省しろ!」 「何を反省するんだい? 君のお母さんだって水に濡れて寒そうにしていたじゃないか。だから火をおこして全身を暖めてあげたんだよ」  堪えきれないくらいカッと頭に血がのぼった。医師と看護師は耳を疑うような話の内容にざわついている。 「このっ!」  殴り掛かろうとした瞬間、慌てた医師に羽交い締めにされて引き離された。 「君っ、落ち着きなさい! 誰か警察に通報してくれ!」 「はい!」  看護師が駆け足で病室を飛び出す。 「会話は動画に全て収めさせて貰った。お前の逃げ場所はもうない」  カナメらしくない弱々しい口調だった。 「行こう……要」  手を引かれる。その手は驚くほどに冷えていた。  少しでも体温を分け与えてやりたくて、握り締めかえす。そんな事しか出来ないけれど、何かを共有してやりたかった。 「帰ろう」 「ああ」  二人でその場を後にした。  *  それから数日後のニュースで被害者だと思われていた人物が、実は児童連続殺人犯で放火犯でもあったという話題で持ちきりになった。  新聞でも一面に取り上げられている。  その場にいた医師や看護師、要たちも状況説明の為に警察に呼ばれていた。  ついでにストーカーをしていた和昭の事も話すと、持ち物やスマホから証拠品が続々と出てきて、和昭も和昭で余罪を追求されている。  ストーカーをしている事を家族に知られてしまい、世間に知られる前に引っ越しを余儀なくされたらしい。それは両親からも裏付けを取れた。  諦めきれずに戻った時、後藤が誘拐する所と要の家へ放火する所を見ていたらしい。  昔から要のストーカーをしていた和昭は要の家へ何度も不法侵入している。火事が起こる寸前まで家の中に潜み全てをみていた。和昭は、要の家の合鍵の隠し場所も知っている。  とばっちりで捕まるのを恐れて、今まで口を噤んでいたのが今回で露見した。  その事を要が知っていると勘違いしてまた急接近している。  一カ月が経過して、あらましを警察から報告を受けた要は複雑な気持ちになった。  バイトへ行く支度をしていると、不意にインターフォンが鳴り響く。モニターを覗くとカナメが立っていた。 「あは、元気ー? ボクが居ないと寂しいだろ? 今日から隣に越してきた。これからも宜しく! 遠慮はいらない! という事で引っ越しそばを持ってきた」  微妙な空気が流れる。己の表情筋が死んでいくのが分かった。 「引っ越してきたとか、お前んち金持ちなんだろ? こんなセキュリティーが低いとこにきて大丈夫なのかよ。それ相応の場所へ行けよ」 「大丈夫だ! 理由を話したらうちの親がここの土地をアパートごと買い取った。近々セキュリティー万全のアパートへとリノベーションされるぞ」 「…………」  驚きすぎて数分間は声も出せなかった。その前に意味が分からない。何を言っているんだこのバカは……という言葉が頭の中でオンパレードしている。 「は? は? リノベーションとか聞いてねえぞ。つーか、そんな事されて家賃上がったら俺が住めなくなる。俺の他にも困る人出てくるだろうが、ふざけんな」 「低所得の要に高額家賃が払えるとは思ってないから大丈夫だ。今のままでいい。他の人たちも今のままだから問題ないだろう?」 「悪かったな低所得で! つうか、いいぞって……何でお前が決めてんだよ!」  もうため息をつく事すら面倒くさい。 「ボクがここの新しい大家になったから当然だ」  ——最悪だ。もしかしてこれから毎日このテンションに振り回されるのか? 勘弁してくれよ。  痛む頭を押さえるようにコメカミに手を当てる。これからの事を思うと胃も痛くなった。 「へいへい。これからよろしくな大家さん。……帰れ」  棒読みで言って、最後の単語だけ強調する。  拒否した所でカナメが諦めた試しがないのは身をもって知っているので、抗うのは早々に諦めた。 「ちゃんとカナメって呼んでくれ!」 「名前被ってるから嫌なんだよ。ていうかお前さっきから何を小脇に抱えているんだ?」  返事を待たずに看板らしき四角い物を覗き込む。そこにはデカデカと文字が書かれていた。 「Wかなめの心霊探偵事務所……、て、はっあ!?」 「そうだ。これからも宜しく……「出てけ! んなもんやるか!……」……」  言い切る前に言葉尻りを奪って叫ぶなり部屋から追い出す。  ネーミングセンスも残念過ぎだ。  カナメはどこまでいってもカナメだった。肉体があろうがなかろうが変わりない。  隣で扉を開いて閉める音が聞こえてきて、ホッと胸を撫で下ろす。  鍵をかけて準備を再開していると今度は霊体のカナメが壁から顔を出した。 「不法侵入やめろ! 幽体離脱反対! 訴えんぞ!」 「警察にでも行くか? この姿のボクは誰にも見えないぞ」  そこでハタと思い出した。 「そういえばお前最近意識だか記憶だかが戻ったとかって言ってなかったか? 結局どういう意味だったんだ?」  覚えていたのが想定外だったのかカナメは大きく瞬きして、コチラを見て心底嬉しそうに微笑んだ。  見惚れそうなくらい綺麗な笑顔を向けられた。  ——イケメン爆発しろ。  心の中で愚痴る。 「大部分を生霊としてソナタの中に入れていた。ソナタが帰ってくるのを待っていたんだが知ってる通りソナタは帰って来なかった。それで死を悟ったんだ。その影響でボクの本体は生きてはいるが、魂が抜けてボンヤリとしていたみたいでな、ずっと精神病棟に入院させられていた。自分の霊魂をかき集めて目を覚ましけど、今度は記憶障害に悩まされていた」  どうしてそんな事が可能なのか理屈はよく分からなかったが頷いた。  ——元の霊力が桁違いに高かった?  視る、聞くくらいしかできない要には理解不能だ。  しかし、それはそれ。これはこれである。 「探偵なんかやらんぞ。俺は沼田店長に恩義を感じている。あの人めちゃくちゃ良い人なんだよ。だから辞める気はない。あの人が店を辞めるまでその下で働くつもりだ。やりたかったら一人でやるか、他の誰かを誘ってくれ。その前に探偵やるには何かしろの資格が必要なんじゃないのか?」 「必要ないぞ」 「何でだよっ。国家試験くらい作れ!」  言葉で噛みつくと首を傾げられた。 「ボクに言われても困る。法律の知識や探査能力は必要とされるが問題ない。ボクはこう見えて頭は悪くないほうだ。それに親戚は弁護士一家だから困ったら聞けば良い」  どっからどう見ても馬鹿にしか見えないとは言わなかった。  過去の事件は本当の意味で全て終わったのだ。  これ以上霊に首を突っ込む気はないし、探偵という仕事にも全く興味がない。本の中だけで充分だ。 「ほらほら、やりたくなって来ただろう?」 「ならねえよ。俺には張り込みとかにかける時間はない! 分かったら大人しく巣に帰れ。俺はこれから仕事だ」  一人楽しそうなカナメの頭を掴んで隣の部屋に投げつけて送り返した。  勝手に入って来られないように今度お札でも貰って来ようかな、と思考を巡らせる。カナメなら結界すら破りそうで怖いが……。  隣の部屋からこちらに向けてずっと文句を言っている声が聞こえてくる。  もちろん全て無視だ。  付き合ってられない。そのまま家を出た。  外は珍しく雲一つない晴天が広がっていて、太陽の光を浴びようと一度背筋を真っ直ぐに立てて伸びをする。  何はともあれ、カナメの心の底からの元気そうな笑顔を見れたのは少しだけ嬉しく思えた。 【了】
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