底抜けに明るくて押しの強い霊のせいで探偵もどきをやらされている

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底抜けに明るくて押しの強い霊のせいで探偵もどきをやらされている

 メラメラと燃え上がる炎が辺りを赤黒く染めあげていた。  嫌な熱風が杉崎要(すぎさきかなめ)の頬を撫でる。  強風の影響で火の回りが早い。  建売りされていた住宅街の一角だったのもあり、隣家に飛び火してしまった。  勢いは衰える事なく辺りを赤黒く包みこんでいく。  自転車に跨ったまま止まり、未だに消火活動をしている民家を眺めている。  幼い頃の記憶がフラッシュバックして記憶に蘇った。  それは七歳の時だった。  学校から帰って塾に行っていたが、迎えにこない母親に焦れて一人で帰路を辿っていた時の事だ。  あと百メートルも行かない内に家につくという距離にくると、嗅いだ事のない異臭が鼻をついた。  パチパチと何かが燃える音と、夜の闇を照らす赤とオレンジ、時に青が混じった炎が見えた。  白と黒の煙が辺りに充満している。  近所の人たちが炎と煙を避けながら、遠巻きに立ち竦んでいた。  消防車はまだ到着しておらず、何が起こっているのか分からずに、吸い込まれるように家に近づいていった。 「家が……燃えてる」  ほんの数時間前まで何の変哲もなかった自分の家が炎に包まれていた。  熱風が全身に纏わりつき、喉の奥底まで熱と煙に侵されるようだった。家には母がいる。 「お母さん!」  慌てて家に近付こうとすると、近所の人に取り押さえられた。 「駄目よ、要くん!」 「巻き込まれるぞ!」 「でも中にお母さんが……っ、離して!」  掴まれている腕を振り解こうとするも、大人の力には敵わない。  近所の住人たちに腕や体を掴まれて引き寄せられた。  不意に薄寒い気配を感じて振り返る。  同い年くらいの少年が音もなく隣に現れて、自分と同じように炎を見上げていた。  色素の薄い猫っ毛が熱風でなびく。少年はデザイン性の高い白シャツに膝丈の黒ズボンを履いていた。  身長の割には長い足が地を滑り、まるで浮いているかのように見える。靴すら履いておらず、素足だった。  何の躊躇もなく炎に包まれている家に向けて歩き出す。  ——え、何で誰も動かない?  見えていないように、その妙な少年を気にかける者はいない。  今し方、自分も同じことをしようとしていたにもかかわらずに、慌ててその少年の腕を掴んだ。 「へ?」  少年が驚いた表情で振り返って、凝視してくる。  言葉が上手く出て来ずに、意思表示だけはしようと首だけを横に振ってみせた。  少年は大きな二重瞼をゆっくり瞬きさせ、虚をつかれた表情をしている。 「君、ボクが視えているのか?」  何を言われているのか理解ができなかった。  動揺しているのもあり、眉根を寄せて食い入るように少年を見つめる。  何も答えられずにいると焦れたのか、少年は小首を傾げた後でまた足を進め始めた。 「ダメだ。行っちゃダメだ‼︎」 「要くん駄目よ。危ないからこっちに来なさい!」  また何人かの大人に体を引かれて、無理やり後退させられる。  前方から発せられている熱気が凄い。  ——助けて。誰かお母さんとあの子を助けて!  炎の中に消えた少年を見て、緊張とショックでまた声が出てこなくなった。  動こうとする者は誰もいない。もう手遅れだと物語っているようで涙が止まらなくなる。  近所の住民に庇うように抱え込まれた。  周りにも視線を走らせて、見える範囲内の野次馬にも目を向ける。  ——誰も動こうとしない。  絶望に打ちひしがれた。  漸く消防車が到着し、消化活動が行われる。  ホースから注がれていく水を呆然と見つめるしかなくて、何も出来ないことが歯痒くて悲しくて、そしてとても悔しかった。  家の出窓から黒煙と炎が見え、ガラス窓にヒビが入る。そこには少年がいた。 「あの子……何で……、え、お兄……ちゃんが……いる」  目の前で爆炎が巻き起こり、音を立ててガラス窓が砕け散る。  炎に照らされ嬉しそうに笑んでいる知人を見たのが最後だった。  そのまま意識が飛んだ。  * 「杉崎くん、お疲れ様。もう上がっていいからね」  事務所から出てきた店長である沼田の声に応えるように「はい」と言って頷いた。  人の良さそうな顔をしている沼田は、中年太りの腹の肉を揺らしながら、暑くもない季節にもかかわらず額の汗を懸命にハンカチで拭っている。  高校生の時からこのコンビニでバイトをし始めてから四年、二十歳になった今も世話になっていた。  沼田は己の家の事情を知っている。  一人暮らしをしているアパートの保証人になったりと、親代わりにもなってくれていた。  家賃など絶対に滞納をしないという契約はもちろん結んでいるが、今の時代赤の他人の保証人になってくれる人は珍しい。  自分を信じてくれた事がとても嬉しかった。それもあって今の所辞める予定は一切ない。  沼田は人が良すぎて騙されてしまわないかたまに心配になるくらいだった。 「はい。ありがとうございます。お先に失礼します」  朝勤務からの入れ替えでバイトが終わったので、店を出た時には夕方の五時半を少し過ぎていた。  ここから家まで自転車で二十分かかる。  近道である沿岸を走り抜け、家の近くにある細道にさしかかった時だった。  薄暗い空に濛々と煙が上がり、プラスチックを燃やしたような覚えのある異臭が鼻をつく。  自転車を降りて押しながらその場所に近付いてみると、思った通り火事だった。  だが、今まさに消火活動が行われている家に、あの頃と同じようにフラリと入っていこうとしている人影があるのを知って慌てた。  自転車を降りて屏ブロックにたてかける。  施錠もしないまま野次馬の中を押し分けて進むと、自分と同じ年頃の男の腕を掴んだ。やけに整った日本人離れした綺麗な顔をしている。 「何考えてんだアンタ!」  男はさも珍しいものを見るようにこちらを見つめている。 「うーん? 君はどこかで見た覚えがあるな」  キョトンとした間の抜けた表情で見つめ返された。  危機感がまるでない。呑気な事を言ってのけた男に若干イラつきながら、己も妙な既視感を覚えていた。 「君! 危ないから下がって!」  消防士の大きな声が響く。要は野次馬の中にまた追いやられた。 「アイツどこ行った?」  しっかりと腕を掴んでいた筈なのに、いつの間にか男が居なくなっている。  きっと追いやられた時に手を離してしまったのだろう。  炎の中に行かなかったのならば良しとして、自転車を押しながら大人しく帰路を辿った。
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