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そう、そんな時のことである。
道路に飛び出して、馬車に轢かれそうになった猫を見たのは。そして。
「危ない!」
それを、わが身顧みず飛び出した少年を目撃したのは。
「ばっ」
馬鹿野郎!と思わず口汚い言葉が出そうになった。ベラはとっさに携帯していた魔導書を開くと、魔法のスペルを唱える。
「“Slow”!」
それは、物体の速度を遅くする魔法。魔法をかけた相手は、今まさに少年と、少年が抱きしめた猫を撥ねそうになっていた馬車だった。
あっけにとられる少年のところにベラは飛び出し、その腕をひっぱって歩道まで逃げる。その瞬間馬車にかけた魔法が解け、さっきまで彼等がいた場所を通過していったのだった。
「何を考えてるんだ、君は!」
ベラは思わず叫んでいた。
「確かに、猫が轢かれたら可哀想だけども!だからって、君が撥ねられたらお父様やお母様が悲しむだろう!?もう少し、自分のことを大事にしたらどうなんだ、ああ!?」
「あ、ご、ごめん……」
彼は、宝石のような青い瞳でベラを見上げた。キラキラと輝く、深い深い海のような瞳。まるで、サファイア。怒っていたはずなのに、思わずその瞳に見惚れてしまった自分。さらさらとした少し長めの金髪が、風に音を立てて靡いていた。
「なう?」
思わず見つめ合ってしまったベラたちに対し、空気を読まずに猫が鳴く。少年の腕の中、ちょこんと納まっていた茶トラ猫。その顔を見て、少年はほっと息を吐いたのだった。
「よ、良かった。……猫さん、君、怪我はない?」
「にゃにゃ?」
「なさそうだね。ああ、本当に良かったあ。……それから」
猫に怪我はなかったが、彼は猫を抱き寄せた時に転んでひざをすりむいていた。それなのに、まったく痛みを感じていないと言った様子で笑う少年。
まるで太陽のような笑みに、ベラは魅了されてしまったのだった。
「ありがとうございます。えっと、僕はエリスと言います。貴女は?」
それがベラと、エリス・サファイアの出会い。
同時に、ベラが恋に落ちた瞬間でもあったのだった。
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