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<1・Accident>
最近、何かがおかしい。ベラ・アメジストはそう感じてはいた。
皆の目が急によそよそしくなったこと。婚約者のエリス・サファイアが妙に疲れているように見えたこと。それから、屋敷全体に満ちていた妙な魔力の気配。
何か、とてつもなく嫌なことが起きようとしている、それは感じていた。自分も魔女の一族の端くれ。もしも何らかの敵対者が自分達の家を狙っているのならば、早急に目的を確かめて叩かなければいけないと。
しかし、その予感は思いもよらない形で的中したのだった。
そう、まさかエリスの母、サファイア伯爵夫人の誕生日パーティでこのようなことになろうとは。
「祝いの席でなんだけれど……むしろ祝いの席だからこそ、ここははっきりしておくべきことだろう」
「どうしたの、エリス?」
突然ベラの傍に寄ってきたエリスは、パーティ会場で、衆人環視の目の前で――ベラに一枚の紙きれを突き付けてきたのである。
なんだろう、と思ってそれを受け取り、絶句した。
結婚予定破棄書。
それは、予め婚約を約束していた男女が、その婚約を解消するために取り交わす書類である。男性のところには、既にエリスの名前が書かれていた。
「君との婚約を破棄したい」
彼は冷たい声で、ベラを睨みつけた。
「君みたいな人間を妻に迎えるなど、サファイア家末代までの恥だ。それがようやくわかった。少しでも君に反省の兆しがあればとも思ったけれど、残念ながらそのような様子もないみたいだからね。タイムリミット。僕ももう限界だ。君との結婚の約束は、なかったことにしてもらおう」
「ちょ、ちょっとまってくれ、エリス!何で、そんな突然……」
「何故?そんなこともわからいのか、君は」
ぎらり、と彼の瞳の奥が狂暴な光を放った。ベラは気づく。彼の瞳の奥に、うっすらと浮かび上がる魔法陣。その模様には覚えがあった。
あれはそう、洗脳の魔法。何者かが、エリスのことを洗脳し、操っている?
「君は、マリアを殺した。彼女は誰よりも君を支え、君の最高の友であろうとしたはずだ。それなのに……それなのに君は!」
「!」
一体誰が、彼の意思を捻じ曲げたのか。周囲を見回し犯人捜しをしようとするも、エリスがその時間を与えてくれなかった。
何と彼はパーティの席であるにも関わらず、懐から拳銃を取り出してきてこちらに向けてきたのである。
「ま、待ってください、誤解です!」
周囲の客たちがざわついている。一体何事だ、何故このようなことに、ベラお嬢様がヒトゴロシをした?などなど。ほとんどの者が突然の状況に戸惑っている様子だった。角度的に、エリスがこちらに向けている銃に気付いていない者もいるからなのだろうが。
――何が……何が、一体何が、何がどうなんているの!?だって、私達は昨日まで、あんなに……!!
悲しい、悔しい、それ以前に今は戸惑いが勝っている。エリスの後ろを見れば、同じくこちらを冷たい目で睨んでいるエリスの両親の姿。はっきりとは見えなかったが、彼らからもエリスと同じ奇妙な魔力の気配を感じた。少なくともエリスとその両親が操られているのは間違いないようだ。
「ま、待って、待ってエリ……」
鋭い銃声。ベラの足元が小さく煙を上げている。まさか、本当に撃ってくるなんて。
「言い訳するな。さあ、この書類にサインして、さっさと僕の目の前から消えろ。出ないと……」
「――っ!」
逆らってはいけない。
ベラは何がなんだかわからないまま――無理やりペンを握らされたのだった。
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