貴族界にて

1/4
前へ
/55ページ
次へ

貴族界にて

「星彦(ほしひこ)くん、ありがとう、助かったわ」 天の川の喧騒は、閉じられた分厚い西の門によって聞こえない。 そんな貴族界(きぞくかい)で、星彦は職人として活躍していた。 ストライプ柄のドレスを着た女性が浮遊鏡の修理の礼を述べ、昼食用にと 精霊が5個の握り飯を星彦に渡した。 もちろん修理費も払っている。 貴族たちは高級な料理しか口にしないが、星彦は質素な食べ物が好物で 雇っている精霊が特別に作ってくれていた。 「おいしい握り飯までもらえるんだから、お得な仕事です!」 笑うとなくなるほどの糸目で星彦は笑い、少し長めの茶髪を揺らした。 貴族は就寝時以外はドレスと宮廷スーツが基本だが、星彦は特例で 白いツナギを着ている。 そして修理全般は両手をかざして行う念動力だ。 いつも汚れひつとない清潔感のある白いツナギ姿が、鮮やかな衣装の 人々の優雅な暮らしの中で、せわしなく動いている。 「握ったのは侍女の精霊なんだから、私が笑顔をもらうのも変ね」 当然ながら貴族たちは自身で家事はしない。 その精霊たちは車の運転から店の店員までこなし、長時間の重労働でも 疲労のこない体質で手際よく、貴族たちに尽くしている。 それでも仕事の無い時間は睡眠を取ったり、公園で遊んだりもしていた。 「精霊さんたちにも握り飯の個性が出るんですよ。 あちこち違ってて、どれもおいしいです!」 均整の取れた筋肉体質なうえに身長が193センチある星彦は、通常身長の 貴族たちを見下ろす状態だが、星彦の家系は階級が低い。 よって精霊を雇っていなくて、自身ですべてやっていた。 「星彦さん、昼からは精霊たちと遊んでくれないかしら? 夕飯はうちでご馳走しますよ」 紺色のドレスを着た女性が声をかけてきた。 ときに星彦は機械的な修理以外も引き受けている。 「園(その)さんの精霊さんたちと遊ぶの楽しいから、大歓迎です! あっ、夕飯なら俺も手伝って作ります!」 「ふふふっ、私が前の旦那に未練が無ければ、 養子に欲しいくらいだわ。 でもねえ、あんな男でも、忘れられないのよ」 と、言った途端に、その前の旦那が何もない空間から出現して 大理石の地面に激しく転がっていった。 「なんということだ!やられた!しかし負けてなるものか!」 と、立ち上がった姿は、天の川の戦士としての鎧をまとっていた。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加