2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
矢沢はその日の晩からテスト作りに励んだ。普通に学んでいくならば、中学生にならないと習わない類の問題。その上、教科も指定しなかったために好き勝手に作れる。みんなには申し訳ないが、みんなのためだとほくそ笑みながら作業に向かう。だからこそ翌日に山田ゆうとが言ったことに多少狼狽えてしまった。
「矢沢先生、僕らが負けたら僕らは歌うのをやめます。矢沢先生が負けたら何をしてくれるのですか?」
妙な自信に面食らうが、あくまで小学五年生の自信だと矢沢は考え直す。
「好きに決めてください」
「だったら先生も歌ってください! そうしたら僕らがどうして歌ってるか矢沢先生も分かるはずだから!」
その瞬間、教室が沸いた。一体なんだと言うのだ。その妙な自信は。
「分かりました。約束しましょう」
「ありがとうございます!」
矢沢とて、クラスのみんなのことは嫌いではない。歌う以外のみんなは間違いなく、いい子に分類される子たちばかりだ。だからこそ、ここで線引きが必要なのだ。
「では授業を始めます」
彼彼女らの自信は子供特有の過信だ。まだ何者でもない彼彼女らは可能性で溢れている。ただ、それだけで全てが巧くいくとは限らないのだ。
他の先生方は矢沢先生のテストの件を知らない。五年二組の生徒たちも他の生徒にもその件を話したりはしなかった。何かしら思惑があるのかは分からないが、余計な詮索をされなかっただけに矢沢先生にやりやすい環境になった。そして訪れた当日。人数分のテスト用紙を抱えた矢沢先生が五年二組に向かう中、いつもより大きな歌声が響いてきた。
矢沢先生の額にまた青筋が浮かぶ。
「本当、不真面目!」
つい独り言を呟き、教室の扉を開ける。相変わらず山田ゆうとがタクトを振って歌を指揮している。最後まで歌い切ってから山田ゆうとは席に座る。
「では矢沢先生、勝負です!」
矢沢先生はうんと頷いてテスト用紙を配る。全員に配り終えてから矢沢先生は教卓の前に立つ。
「では、はじめ!」
その瞬間、生徒たちはボールペンを手に取った。
「ちょっと! そんなの間違えたら消せないでしょう?」
「問題ありません!」
山田ゆうとが得意げに答えて、テストに文字を書き込み始める。
クラス全体を見回しても、どの生徒も手が止まることがない。一体なんだと言うのだ。
最初のコメントを投稿しよう!