授業中だって構うものか!

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 始まって三十分。全員の手が止まった。悩んでいるからではなく終わったから。  何なのだと矢沢先生はため息をつく。 「全員終わった?」  テスト中であるというのに山田ゆうとが声をあげる。 「じゃあ歌おうぜ!」  山田ゆうとが、みんなが知っているだろう歌の出だしを歌いだし、それは合唱になっていく。  その光景を矢沢先生は渋い顔で見ていた。  その日の放課後、矢沢先生は採点をはじめる。次々とついていく丸。 「なんで? どうして?」  問題は間違いなく中学生向けの問題だ。採点を半分終えて、九十点未満の解答用紙は一つもない。不正をしようにも全員ボールペンで書いているため修正もできない。全員の採点を終えて矢沢先生は赤ペンを手から落とした。 「どうして……」  その様子を見た教頭が声をかけてくる。 「顔色悪いですが、どうかしましたか?」 「えと……」  矢沢先生の負けは決まっている。ここで誤魔化しても意味はない。 「実は」  矢沢先生は事の顛末を教頭に伝える。教頭はうんうんと頷きながら聞いて、矢沢先生の話が終わると人差し指を立てる。 「お気持ちは分かります。ただね、山田ゆうとくんがああなのは彼自身の努力がある。新任の矢沢先生は知らないでしょうが、彼は勉強ができなさすぎて最低の生徒とあだ名されていたんですよ」 「あの子、めちゃくちゃ勉強できるじゃないですか?」 「そうですね。変わったのは彼が三年生のとき。もう定年されましたが、その時の担任が山田ゆうとくんに歌ってから授業をはじめることと授業が終わってから歌うことを提案して、楽しみができた彼は変わったのですよ。そして楽しみは膨らみ、クラス全員で満点とろうと彼自身が動き出した。それが彼らが歌う理由です」 「そんなの誰も教えてくれなかった……」 「それは我々の判断です。山田ゆうとくんの思惑を伝えないことで教師と生徒お互いに全力でぶつかれるようにね」 「はぁ」  矢沢先生は、伸びをする。 「私は彼らに勝負を挑んで、まんまと負けました。満足ですか?」 「ええ。とてもね。矢沢先生、いい顔をされてますよ」
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